脳機能、心機能および炎症反応の分析のための分子プローブの開発

ニコチン受容体に結合する放射性プローブ: 5-[123I]I-A85380([123I]5IA) の開発

中枢に存在するニコチン性アセチルコリン受容体は、記憶・認知といった高次脳機能や神経保護・鎮痛などさまざまな機能に関連することが報告されている。ニコチン受容体密度を体外から非侵襲的に測定できれば、それらの機能と受容体密度との関連を詳細に検討できるのみならず、ニコチン受容体密度が変化する疾患の診断・病態把握に繋がると考えられることから非常に意義深い。

我々はこれまでに、有用性の高いニコチン受容体結合放射性薬剤として5-[123I]I-A85380([123I]5IA)を開発し、ヒトにおけるニコチン受容体イメージングとその定量解析法を確立した(図1)。そしてその方法を用いることで、喫煙者の脳内ニコチン受容体のアップレギュレーションとベースラインへの回復を捉え、ヒト脳内における受容体のダイナミックな変化を捉えることに成功した(図2)。またパーキンソン病患者でニコチン受容体密度が低下しており、病態に関連する可能性も示された(図3)。

さらに、非標識の5IAはアゴニスト作用を有し、神経細胞に対するグルタミン酸毒性を軽減すること、その作用にはニコチン受容体のα4β2サブタイプが関与することを見出した(図4、5)。また、モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬が効果を示しにくい神経因性疼痛においては、モデル動物の視床ニコチン受容体が増加しており、5IAの視床内投与で用量依存的な鎮痛作用が認められたことから、視床に存在するニコチン受容体が神経因性疼痛抑制に重要な役割を果たす可能性を見出した(図6~8)。

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関連文献

  • In vivo relationship between thalamic nicotinic acetylcholine receptor occupancy rates and antiallodynic effects in a rat model of neuropathic pain: Persistent agonist binding inhibits the expression of antiallodynic effects.
    Synapse. 2011 Jan;65(1):77-83.
  • Nicotinic acetylcholine receptors expressed in the ventral posterolateral thalamic nucleus play an important role in antiallodynic effects.
    Br J Pharmacol. 2010 Mar;159(6):1201-10.
  • 5-Iodo-A-85380, a specific ligand for alpha 4 beta 2 nicotinic acetylcholine receptors, prevents glutamate neurotoxicity in rat cortical cultured neurons.
    Brain Res. 2008 Mar 14;1199:46-52.
  • Temporal change in human nicotinic acetylcholine receptor after smoking cessation: 5IA SPECT study.
    J Nucl Med. 2007 Nov;48(11):1829-35.
  • Quantification of nicotinic acetylcholine receptors in Parkinson’s disease with (123)I-5IA SPECT.
    J Neurol Sci. 2007 May 15;256(1-2):52-60.
  • Quantification of human nicotinic acetylcholine receptors with 123I-5IA SPECT.
    J Nucl Med. 2004;45(9):1458-1470.
  • 5-[123I]Iodo-A-85380: assessment of pharmacological safety, radiation dosimetry and SPECT imaging of brain nicotinic receptors in healthy human subjects.
    Ann Nucl Med. 2004;18(4):337-344.
  • Evaluation of 5-11C-methyl-A-85380 as an imaging agent for PET investigations of brain nicotinic acetylcholine receptors.
    J Nucl Med. 2004 May;45(5):878-84.
  • Evaluation of radioiodinated 5-iodo-3-(2(S)-azetidinylmethoxy)pyridine as a ligand for SPECT investigations of brain nicotinic acetylcholine receptors.
    Ann Nucl Med. 2002;16(3):189-200.

脳内ノルエピネフリントランスポータイメージング剤の開発

うつ病や注意欠陥多動障害(ADHD)などの機能性精神疾患患者の数は増加の一途をたどっているが、その病態の解明は他の脳神経疾患に比べると遅れを取っている。その原因の1つとして、それらの疾患との関連が長年にわたり指摘されてきたノルアドレナリン作動性(NA)神経機能を、インビボで評価できる方法がないことがあげられる。そこで我々は、NA神経機能を体外から評価することを目的とした、脳内NETイメージング剤の開発を計画した。

イメージング剤の母体骨格としてはNETに高い親和性、選択性を持つreboxetineを選択した。Reboxetineと類似の化合物におけるphenoxy2位へのヨウ素の導入はNETへの結合に影響を与えないという我々の以前の報告をもとに、reboxetineのphenoxy基2位に123Iを導入した、(S,S)-[123I]-2-(alpha-(2-iodophenoxy)benzyl)morpholine((S,S)-[123I]IPBM)を設計、合成した。

インビトロの検討において、(S,S)-IPBM のNETに対する結合親和性を検討した結果、(S,S)-IPBMはNETに結合するリガンドとして汎用されているnisoxetineとほぼ同等の親和性を持つことを認めた。また、(S,S)-[125I]IPBMを放射性リガンドとするラジオアッセイにより、(S,S)-IPBMは高いNET結合選択性を有することも見いだした。

ラットを用いたインビボの検討において、 (S,S)-[125I]IPBMは投与後速やかに脳に移行し、その集積は持続すること、さらに、脳内での詳細な分布はNETの分布とほぼ等しいことを見いだした。また、コモン・マーモセットを用いたSPECT撮像実験では、NET分布密度の高い視床や皮質への(S,S)-[123I]IPBMの集積を確認することができた。

さらに、本化合物については、心機能診断プローブとしての有効性評価研究も行っている。

IPBM

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関連文献

  • Synthesis and evaluation of radioiodinated (S,S)-2-(alpha-(2-iodophenoxy)benzyl)morpholine for imaging brain norepinephrine transporter.
    Eur J Nucl Med Mol Imaging 2006;33(6):639-647.
  • Evaluation of radioiodinated (R)-N-methyl-3-(2-iodophenoxy)-3-phenylpropanamine as a ligand for brain norepinephrine transporter imaging.
    Nucl Med Biol. 2004;31(2):147-153.
  • A new norepinephrine transporter imaging agent for cardiac sympathetic nervous function imaging: radioiodinated (R)-N-methyl-3-(2-iodophenoxy)-3-phenylpropanamine.
    Nucl Med Biol. 2003;30(7):697-706.

 

静脈内投与型O-15標識O2剤(Injectable [15O]O2)によるブタ心筋酸素摂取率の測定

ラット脳酸素代謝測定を目的として開発した静脈内投与型O-15標識O2剤(Injectable [15O]O2)について、周囲高放射能の影響をキャンセルアウトして対象組織の酸素代謝を評価できる特徴に着目し、[15O]O2ガス吸入法では周囲(肺)に存在する高い放射能が解析上の困難さを増す心筋における酸素代謝測定への応用を検討した。

動物にはミニブタを用い、Injectable [15O]O2を急速靜注するinjection法と、大腿動静脈間を人工肺を介して接続し人工肺より持続的に[15O]O2ガスを供給するcontinuous infusion法を施行して、[15O]O2ガス吸入法(continuous inhalation法)と比較検討した。その結果、injection法、continuous infusion法ではcontinuous inhalation法と比較して肺における放射能を大きく減弱することに成功し、心筋側壁において同等の酸素摂取率(OEF)を測定できることを示した。

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主要論文

  • Quantification of regional myocardial oxygen metabolism in normal pigs using positron emission tomography with injectable 15O-O2.
    Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2010 Feb;37(2):377-85.

心臓交感神経イメージングのためのノルエピネフリントランスポータイメージング剤の開発

心臓交感神経の神経終末プレシナプスにはノルエピネフリントランスポーター (NET) が存在し、種々の心疾患において、このNETの発現量に変化が起こっていることが報告されている。したがって、NETの変化を体外から検出することは、これらの病態に関する有用な情報を与えうると考えられる。我々はこれまでに脳内NETイメージング剤として(S,S)-[123I]IPBMの有効性を明らかとしていることから、本化合物の心臓NETイメージング剤としての応用性を評価した。

インビトロの検討において、 (S,S)-IPBMはNETに結合するリガンドとして汎用されているnisoxetineや母体化合物のreboxetineとほぼ同等の親和性を持つことを認めた(図2)。ラットを用いたインビボの検討において、 (S,S)-[125I]IPBMは速やかかつ高い心臓への取り込みを示し、放射能の心臓血液比は経時的に増大した(図3)。さらに各モノアミントランスポーター結合剤を投与したときの(S,S)-[125I]IPBMの心集積を評価したところ、NET結合剤であるnisoxetineやdesipramineによってのみ集積が阻害されたことから、(S,S)-[125I]IPBMがインビボでもNETに選択的に結合していることが示された(図4)。
以上の結果から、(S,S)-[123I]IPBMがNETを標的とした心機能診断イメージング剤として有用な性質を有することが示された。

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主要論文

  • Evaluation of radioiodinated (2S,alphaS)-2-(alpha-(2-iodophenoxy)benzyl)morpholine as a radioligand for imaging of norepinephrine transporter in the heart.
    Nucl Med Biol. 2008 Feb;35(2):213-8.

 

シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)イメージング用分子プローブの開発

シクロオキシゲナーゼ(COX)はプロスタグランジン合成の律速酵素として働いている。このCOXの誘導型アイソフォームであるCOX-2は炎症、腫瘍をはじめとする様々な疾患の病態と密接に関連しており、これらの疾患の診断・治療のターゲットとして注目されている。

本研究では、COX-2イメージング剤の開発を目的とし、2種のCelecoxib誘導体(IMTP;スルホン酸メチルタイプ、IATP;スルホン酸ア ミドタイプ)のCOX阻害活性・体内動態を比較した。その結果、IMTP、IATPは高いCOX阻害活性とアイソフォーム選択性を有していた。また、ラッ トの体内分布実験において、[125I]IMTPは[125I]IATPよりも速やかな血中クリアランスを示した。[125I]IATPの血中移行率(88.0%)は[125I]IMTP(18.1%)よりはるかに高く、炭酸脱水酵素(CA)阻害剤によって低下した。これらの結果から、スルホン酸メチルタイプである[125I]IMTPがCOX-2選択的イメージング剤として、より優れた性質を持つことを見いだした。

しかしながら、Celecoxibなどの三環系COX-2選択的阻害剤を母体化合物とする放射性標識化合物については、炎症モデル動物を用いた検討で、 病変部への集積が認められていない。一方、三環構造以外のCOX-2選択的イメージング剤は報告がないことから、病変部へ集積しない原因の一つには、化合 物に共通した三環構造が関与している可能性があると考え、次に、Celecoxib類とは異なる構造を有する新規COX-2イメージング薬剤の創製を試みることとした。すなわち、三環構造をとらず、COX-2への阻害活性、選択性の高い阻害剤であるLumiracoxibを母体化合物に、放射性同位元素を 導入した化合物[125I]FIMAを設計・合成し、インビトロ、インビボでの評価を行った。その結果、FIMAはCOX-2への高い阻害活性・選択性を示し、[125I]FIMAはCOX-2誘導マクロファージに高く集積するとともに、インビボにおける高い安定性、速やかな血中クリアランスを示した。これらの結果から[125I]FIMAはCOX-2イメージング剤として優れた性質を有することを明らかとした。

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COX-2

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主要論文

  • Synthesis and evaluation of a radioiodinated lumiracoxib derivative for the imaging of cyclooxygenase-2 expression
    Nucl Med Biol 2009;36(8):869-76
  • Synthesis and evaluationo of radioiodinated cyclooxygenase-2 inhibitors as potential SPECT tracers for cyclooxygenase-2 expression.
    Nucl Med Biol 2006;33(1):21-7.

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