遺伝子薬学分野研究内容
1.
はじめに
「新規な組織形成因子」の発見と「組織形成のしくみ」の解明は発生生物学分野に貢献するのみならず、新しい医薬品の創成や再生医療など医学・薬学分野への貢献も期待される。一般に、「組織形成のしくみ」は特定の組織形成に着目し、それに関わる遺伝子の探索とその作用メカニズムの解明により明らかにされてきた(forward genetics)。しかし、特定の組織形成に着目し、それに関わるすべての遺伝子を同定することは困難である。一方、新規な遺伝子を探索し、それが関わる組織形成を見つけ、その作用メカニズムを解明すること(reverse genetics)も「組織形成のしくみ」の解明には重要な試みとなることが期待される。我々は、これまで15種類の新規な分泌性因子遺伝子を発見し、それら遺伝子の組織形成における役割の解明を続けている。
2. 新規なFGF遺伝子の探索
組織形成の過程では、様々な分泌性シグナル因子が細胞間の情報交換をし、組織形成因子として重要な役割を果たしている。分泌性シグナル因子であるFGFは当初、線維芽細胞増殖因子として発見され、本研究に着手する以前は9種類のFGFが見いだされていた。FGF1、FGF2は線維芽細胞に対する細胞増殖因子として発見された。一方、FGF3~FGF9はがん遺伝子産物や細胞増殖因子として発見されたもので、その構造がFGF1やFGF2と構造類似性を示すことから、FGFファミリーの一員として分類された。その後の研究により、FGFは多機能性細胞増殖・分化因子であることが明らかにされた。以上のように、FGFは組織形成に重大な役割を演じ、組織修復因子として医薬品への応用も期待されている。
我々は、既知のFGF以外にも未同定のFGFが存在するものと期待し、既知のFGFの構造上の類似性を利用した PCR法やcDNAやゲノム配列情報のin silico解析法(BLAST; basic local
alignment search tool)より、新規なFGF遺伝子を探索した。その結果、9種類の新規なFGF遺伝子(FGF10, FGF16~FGF23)を発見することができた。我々が発見した9種類のFGF遺伝子を含め、ヒト、マウスFGF遺伝子ファミリーは22種類のメンバーからなることが明らかになり(ヒトFGF19とマウスFGF15は相同遺伝子)、FGF遺伝子ファミリーの全貌が明らかになった。1,2) これら22種類のFGF遺伝子の分子系統樹解析によりFGF遺伝子ファミリーは7種類のサブファミリーからなることを明らかにした(図1)。さらに、FGF遺伝子座解析により、FGF遺伝子の多くは、無脊椎動物から脊椎動物への進化過程の初期に起きた2回の大規模なゲノム重複により生じたことを明らかにした(図2)。1,2) このことはFGFの多くは脊椎動物固有の機能に重要な役割を果たしていることを示唆している。

図1 FGFファミリーの多様性とその分子進化系統樹1)

図2 FGF遺伝子の進化過程2)
3. FGF遺伝子欠損マウスの解析
遺伝子の組織形成における役割の解明には、生物個体レベルでの解析が不可欠である。しかし、ヒト遺伝子の機能を個体レベルで解明することは困難である。マウスはヒトと相同な遺伝子と器官、組織を有している。また、マウスは個体レベルで特定の遺伝子を欠損させることができ、さらにその発生過程、組織形成過程に関する知見が豊富である。したがって、マウスはヒト遺伝子の組織形成における役割を個体レベルで解明するためには最も優れたモデル動物である。

マウス
我々は、FGFの表現形質を解析するためにFGF遺伝子の欠損マウスを作成した。FGF10欠損マウスは四肢、肺などが完全に欠損し、出生直後に死亡した(図3)。3) 肢芽、気管支形成過程において、FGF10は間葉系細胞で生成し、上皮系細胞に対する特異的な細胞増殖因子であることが明らかになった。したがって、肢芽、気管支形成の新しいメカニズムの解明とともに、FGF10の上皮細胞特異的な組織修復因子としての医薬応用も期待される。また、胎生後期のFGF10欠損マウスの脂肪組織も形成不全であった。FGF10は脂肪組織の前駆脂肪細胞にも発現し、前駆脂肪細胞の増殖と分化に必須な因子であることが明らかになった。4)
FGF18は発達期の骨・軟骨形成、肺形成領域などに高発現している。FGF18欠損マウスは骨・軟骨と肺の形成不全を示し、出生直後に死亡した(図3)。5) FGF18は前駆骨細胞の増殖と分化の促進因子であるが、一方、前駆軟骨細胞に対しては増殖抑制因子であった。我々の研究はFGF18による骨・軟骨形成における役割を明らかにするとともに、FGF18シグナルが骨・軟骨疾患治療に対する新しい標的になる可能性を示唆している。さらに、FGF18は肺胞細胞の成熟と肺胞腔形成に必須の因子であることが明らかになった。
FGF16欠損マウスは見かけ上、正常に生育した。しかし、その心臓のサイズと細胞数は有意に減少していた。したがって、FGF16は胎生期の心筋細胞増殖因子であることが明らかになった6)。FGF21欠損マウスも見かけ上、正常に生育した。しかし、FGF21欠損マウスは脂質代謝異常が観察され、FGF21は肝細胞で合成され内分泌因子として脂肪細胞の脂質代謝調節に重要な役割を果たしていることが明らかになった。多くのFGFは、近傍の細胞に作用する(傍分泌)細胞増殖因子•分化因子として、組織形成過程で重要な役割を果たしている。しかし、FGF21は内分泌性代謝調節因子として重要な役割を果たしているユニークなFGFであることが明らかになった。

図3 FGF10, FGF18欠損マウスの表現形質3,4)
左図は正常マウス、右図は遺伝子欠損マウスを示す。FGF10欠損マウスでは四肢と肺の完全な欠損が観察される。FGF18欠損マウスでは骨・軟骨と肺の形成不全が観察される。
4. FGF遺伝子機能抑制ゼブラフィッシュの解析
小型硬骨魚類であるゼブラフィッシュは飼育が容易、多産、短い発生期間などの利点のため、生物個体レベルでの遺伝学研究に非常に優れたモデル動物である。受精卵にアンチセンスDNAを注入することにより、容易に個体レベルで遺伝子機能を抑制することが可能である。また、胚が透明で、その発生過程の観察が容易である。さらに遺伝子欠損マウスで発生初期に胎生致死となり、その機能解析が困難な場合でも、ゼブラフィッシュでは多くの場合その機能解析が可能である。また、ゼブラフィッシュはヒトと類似した遺伝子と器官、組織を有しており、ヒトの組織形成、疾患モデル動物としてもその有用性が期待されている。

ゼブラフィッシュ
FGF19は脳神経組織に特異的に発現している。しかし、FGF19(FGF15)欠損マウスは胎生初期に死亡するため、その役割は不明であった。我々はゼブラフィッシュを用いて、神経外胚葉特異的にFGF19遺伝子の機能を抑制した。その結果、FGF19は神経系細胞の増殖と分化を誘導し、前脳の領域決定、眼のレンズ、網膜形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった(図4)。7,8)

図4 FGF19遺伝子機能抑制ゼブラフィシュ
FGF19遺伝子機能抑制ゼブラフィシュは水晶体の欠損、網膜の形成不全が観察される。8)
5.新規な分泌性因子遺伝子の探索
我々はFGF以外の新規な分泌性因子遺伝子も探索した。cDNAデータベースに登録されている多くの遺伝子は機能不明である。その機能不明な遺伝子の翻訳配列の分泌シグナル配列を指標としたin silico解析(PSORT; prediction of protein
sorting signals and localization sites in amino acid sequences)により、分泌性因子候補遺伝子を探索した。これらの遺伝子を培養細胞で発現させ、その分泌性を確認した。さらに、胎生期における発現様式をin situ
hybridizationにより調べ、組織形成に関与している可能性のある6種類の新規な分泌性因子遺伝子を同定し、Ectodin、 Neudesin、 Fibin、 Brorin、Brorin-like、Neucrinと命名した。
6. 新規な分泌性因子遺伝子の組織形成における役割の解明
Ectodinはその構造から、BMPアンタゴニストであることが予想され、培養細胞を用いた生物活性からそれが確認された。またEctodin欠損マウスの解析から、EctodinはBMPシグナルを抑制し、胎生期において歯の数と歯冠の表面構造の決定に重要な役割を果たしていることが明らかになった(図5)。9) 一方、Fibinの生物活性は不明であるが、Fibin遺伝子機能抑制ゼブラフィッシュの解析から、Fibinは肢芽因子であることが明らかなった。10) さらに、培養細胞を用いた生物活性により、Brorin、Brorin-likeはBMPアンタゴニスト、NeurinはWntアンタゴニストであることが明らかになった。これらの遺伝子は胎生期の脳神経組織に特異的に発現している。さらに、その遺伝子機能抑制ゼブラフィッシュの解析から、これらの分泌性因子は神経組織形成因子であることが明らかになった。

図5 Ectodin欠損マウスの表現形質9)
左図は正常マウス(+/+)、右図は遺伝子欠損マウス(-/-)を示す。Ectodin欠損マウスでは歯の数の増加と表面構造の異常が観察される。矢尻は門歯、臼歯における過剰歯を示す。
7. おわりに
「分子の単語」で細胞間が会話し,その協調的な相互作用により複雑な「組織形成のしくみ」ができている。FGFなどの分泌性シグナル因子は重要な細胞間の「分子の単語」である。しかし,細胞は1つの「分子の単語」のみで単純な会話をしているのではなく,複数の「分子の単語」を組み合わせ,会話していることが明らかにされつつある。分泌性シグナル因子の機能解析には「分子の言葉」による文章の解読をすることが必要である。このような文章の解読研究には、今後とも遺伝子欠損マウス、遺伝子機能抑制ゼブラフィッシュが大きく寄与するものと期待される。
分泌性因子の「分子の単語」で書かれた文章が解読されれば、分泌性因子が関与する組織形成メカニズムの解明のみならず,その文章の乱れによって発症する疾患の成因解明や治療薬の開発に大きく貢献するものと期待される。
文献
2) Itoh N., Ornitz D.M., Dev. Dyn. 237, 18-27 (2008).
3) Sekine
K. et al., Nature Genetics 21, 138-141 (1999).
4) Sakaue H. et al., Genes Dev. 16,
908-912 (2002).
5) Ohbayashi N. et al., Genes Dev. 16,
870-879 (2002).
6)
Hotta Y. et al., Dev. Dyn. 237, 2974-2954 (2008).
7) Miyake
A. et al., Dev. Biol. 288, 259-275 (2005).
8) Nakayama Y. et al., Dev. Biol. 313, 752-756 (2008).
9)
Kassai Y. et al., Science 309, 2067-2070 (2005).
10)
Wakahara T. et al., Dev. Biol. 303, 527-535 (2007).