《EP3 受容体欠損マウスの解析

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)PG と発熱機能

 EP3 受容体欠損マウスは発生・生育には顕著な異常は認められず、1年以上の期間にわたって生存可能でした。しかし、EP3 ホモ変異体は発熱機能において異常のあることが明らかとなりました。発熱反応は病態の最も基本的な全身反応であり、菌体成分であるリポポリサッカライド (LPS) や非感染性の炎症性物質などの外来性の発熱物質によって引き起こされます。発熱は、このような外来性の刺激により体内で IL-1 beta を始めとする内因性の発熱物質が産生され、それが脳に作用することで起こります。アスピリン・インドメタシン等の非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) が解熱作用をもつことから、プロスタノイドが発熱反応に重要な役割を果たしているものと考えられています。実際、脳内に PGE2 投与すると発熱反応が起こることから、PGE2 が脳内での発熱のメディエーターであると考えられていますが、それについては異論も多くあり、また、どの PGE 受容体を介するかについても判っていませんでした。そこで、各 PGE 受容体サブタイプ欠損マウスを用いて発熱における PGE2 の役割と受容体サブタイプの同定を目的に研究を行いました。

2)EP3 受容体欠損マウスにおける発熱機能の異常

 まず、PGE2 による発熱がどの受容体を介しているかを調べるために、PGE2 を1nM 脳室内に投与した時の発熱反応について検討を行いました。野生型においては投与後約 30分をピークとする約 2 度 の一過性の発熱が認められました (Fig. 1)。この時、4 種類の PGE 受容体サブタイプ欠損マウスにおいて同様の発熱実験を行ったところ、EP3 受容体欠損マウスのみが PGE2 の投与に対し発熱応答を起こさないことが明らかとなりました (Fig. 1)。
 次に、内因性発熱物質である IL-1 beta によって誘因される発熱について、その PGE2 の関与を検討しました。野生型に IL-1 beta を静脈内投与したところ、約25分をピークとする一過性の発熱が認められました。この時、EP1, EP2 受容体各欠損マウスでは野生型と同様に発熱を引き起こしましたが、EP3 ホモ欠損体では発熱は起きませんでした (Fig. 2)。 従って、IL-1 beta による発熱反応は PGE2/EP3 系を介した反応であることが示唆されました。
 しかしながら、LPS などの外因性発熱物質による発熱は IL-1 beta 以外の内因性発熱物質による関与もあることが知られています。実際、LPS は IL-6, TNF-alpha, IL-8 等の他の内因性発熱物質の誘導を行うことが知られています。そこで、EP3 受容体が LPS による発熱誘導にどの程度関与するか検討しました。まず、EP3 ホモ欠損体に由来する腹腔マクロファージの IL-1 beta, IL-6 産生能について検討を行ったところ、野生型とほぼ同程度の産生が見られることを確認しました (data not shown)。そこで LPS を 10 mg/kg 静脈内注射したところ、野生型、EP1 ホモ変異体では約20分をピークとする約1度 の一過性の発熱が認められましたが、EP3 ホモ欠損体ではやはり発熱が認められないことが示されました (Fig. 2)。

Fig.1

Fig.2


考察

 以上の結果より、PGE2 による発熱は EP3 受容体を介していること、また、外因性発熱物質 LPS による発熱にも PGE2 が脳内のメディエーターとして必須の役割を果たしていることが明らかとなりました。
 視床下部内に存在する終板器官 (organum vasculosum lamina terminalis; OVLT) 周辺は脳内において微量のPGE2を投与した時に発熱反応を示す領域として知られています。OVLT は血管構造に富んでおり、脳内でも血液脳関門が存在しない領域であり、末梢のシグナルが中枢へ伝達しやすい部位であると考えられています。ラットに LPS や IL-1 beta を静脈投与した場合、OVLT 内の血管内皮細胞に COX-2 の発現が誘導されることが報告されており、またIL-1 receptor も OVLT 内の血管内皮細胞に発現が認められています。従って、恐らく血中の IL-1 beta が OVLT 内の IL-1 receptor に作用することで COX-2 が誘導され PGE2 が産生されるものと考えられます。
 また、マウス中枢において EP3 mRNA の発現が、さらにラット中枢において EP3 受容体タンパクの発現が OVLT の周辺に存在するニューロンに認められることが明らかにされ、OVLT 内で産生された PGE2 はその周辺ニューロンに存在する EP3 受容体を介して発熱のシグナルを惹起することが予想されます。発熱のシグナルは最終的に視床下部に存在する血管作動性中枢に働くものと考えられますが、どのような経路・メカニズムでシグナルが伝達されるかについては今後の課題です。


文献

1. Ushikubi F, Segi E et al. Nature. (1998) 395, 281-284