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【研究テーマ】

Movie 1. Transport of VSVG-EGFP from the Golgi to the cell surface (taken by Masashi Kitamura)
1. 低分子量GTPase Arfの活性化に関与するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)と不活性化に関与するGTPase活性化タンパク質(GAP)の機能に関する研究
2. ArfおよびArf様GTPaseのエフェクターの機能に関する研究
3. ArfファミリーとRabファミリーのGTPaseの機能のクロストークに関する研究
4. メンブレントラフィックによる細胞分裂の調節に関する研究
研究のバックグラウンド
 私たちのからだを構成する細胞

 私たちヒトのからだは、約60兆個の細胞から構成されています。多くの細胞が集まって脳や心臓、肝臓などの器官や組織を形成し、これらが集まって協調的に機能することにより、私たちは正常に生きていくことができます。すなわち、私たちのからだが正常に機能するためには、1個1個の細胞が正常に機能しなければなりません。

 メンブレン・トラフィックの重要性

  私たちのからだを構成する細胞内には、脂質二重膜により囲まれたさまざまな細胞小器官(オルガネラ)が存在し、そこには固有のタンパク質が局在します(図1参照)。細胞には、タンパク質をあるオルガネラから別のオルガネラへ(例えば:小胞体からゴルジ体へ;ゴルジ体からリソソームへ)正確に輸送したり、あるオルガネラから一旦漏れ出てしまったタンパク質を回収したりする機構が備わっています。これらの機構によって、各タンパク質はそれが必要とされる場所(オルガネラや細胞膜)に確実に送り届けられるのです。そのおかげで、タンパク質分解に関与するプロテアーゼはリソソームに輸送されて機能できますし、ホルモンや神経伝達物質の受容体は細胞膜に輸送されてリガンドと結合できるようになります。したがって、これらのタンパク質の局在や輸送に異常をきたすと細胞は正常には機能できず、それゆえに私たちのからだも正常に機能できなく(つまり病的な状態)なります。
 私たちの研究室(京都大学薬学研究科・生体情報制御学分野)では、この生命の本質をつかさどるタンパク質の細胞内輸送や局在化『メンブレン・トラフィック』(通称『メントラ』)の調節機構について研究しています。
 『メンブレン・トラフィック』の概略に関しては、以下の総説をご参照ください。
中山和久,中村暢宏,申惠媛 (2003) タンパク質の輸送と細胞内局在.わかる実験医学シリーズ「タンパク質がわかる」竹縄忠臣編,pp. 56-65,羊土社刊
中山和久 (2004) タンパク質の選択的な細胞内輸送メカニズム.ファルマシア40, 1097-1102.

図1 メンブレン・トラフィックの流れ
 粗面小胞体上のリボソームで合成されたタンパク質は小胞体内腔に移行した後、主として輸送小胞を介してERGIC(小胞体−ゴルジ体中間区画)、ゴルジ体を経由して、TGN(トランスゴルジネットワーク)ヘと輸送される。タンパク質はTGNで選別され、さまざまなオルガネラへと輸送されていく。一方、細胞表面からエンドサイトーシスされたタンパク質は、種々のエンドソームを経て再び細胞表面へとリサイクルされたり、MVB(多胞エンドソーム)を経てリソソームへ運ばれて分解されたり、TGNへと運ばれたりする。

 メンブレン・トラフィックにおける輸送小胞の役割

 オルガネラ間のタンパク質の輸送は、主として、その表面を特異的なコートタンパク質で覆われた輸送小胞により行われる(図2参照)。
(1:コートの集合)
  
グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の働きにより活性化(GDP結合型からGTP結合型へ変換)されたArfなどの低分子量GTPaseが供与オルガネラ膜に結合し、コートタンパク質をリクルートする。
(2:輸送小胞の出芽)
   コートタンパク質は、輸送されるべき積み荷膜タンパク質(cargo)に存在する輸送シグナルを認識してその集合を促すとともに、脂質二重膜の変形を引き起こして、輸送小胞の出芽を開始させる。
(3:脱コート)
  
出芽のくびれ部分が切り取られて輸送小胞が完成した後に、GTPase活性化タンパク質(GAP)の働きによりGTPが加水分解されるとともに、GTPaseとコートタンパク質が小胞の膜から遊離する。
(4:小胞の標的膜への繋留)
   裸になった輸送小胞は標的オルガネラへと輸送され、繋留タンパク質の仲介によって標的膜とドッキングする。この過程には、別の低分子量GTPaseのRabファミリーが関与する。
(5:小胞膜と標的膜の融合)
  
その後、SNAREタンパク質の仲介によって小胞膜と標的膜の融合が起こり、積み荷タンパク質が標的オルガネラに受け渡される。

図2 小胞輸送の基本過程
 小胞輸送は、(1)GEFにより活性化された低分子量GTPase(Arfなど)とコートタンパク質の集合、(2)コート小胞の出芽、(3)GAPによる低分子量GTPaseの不活性化と脱コート、(4)標的オルガネラ膜への輸送小胞の繋留、および(5)小胞膜と標的膜の融合の過程からなる。この一連の過程により、積み荷タンパク質は供与オルガネラから標的オルガネラへと輸送される。

 Arfの活性化と不活性化

 Arfをはじめとする低分子量GTPaseは、不活性なGDP結合型と活性を有するGTP結合型のサイクルをくり返す(図3参照)。不活性型Arfに結合しているGDPは、グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の働きによりGTPと交換される。このGTP結合型のArfはさまざまなエフェクタータンパク質と相互作用して、その調節機能を発揮する。ArfのエフェクターにはCOPI複合体、AP-1複合体、GGAなどのコートタンパク質、ホスホリパーゼD(PLD)、ホスファチジルイノシトール4-キナーゼ(PI4K)などのリン脂質修飾酵素、ArfophilinやArfaptinなどの機能未知のタンパク質などがある。活性型Arfに結合しているGTPはGTPase活性化タンパク質(GAP)の働きによりGDPと無機リン酸(Pi)に加水分解され、Arfは不活性化される。
 Arfの活性化と不活性化、および機能の概略に関しては、以下の総説をご参照ください。

申惠媛,中山和久 (2006) ARFによるメンブレントラフィックの調節.細胞工学, 25, 1253-1257.
中山和久,申惠媛 (2008) Arfファミリーの低分子量 GTPaseのメンブレントラフィックにおける役割蛋白質核酸酵素, 53, 2058-2064.

図3 Arfの活性化/不活性化サイクル

 Arfによる輸送小胞形成の調節

 図4を参照しながら、コート小胞の形成におけるArfの役割について説明する。
(1)不活性なGDP結合型Arfは主として細胞質に存在しており、オルガネラ膜とも緩く結合した平衡状態にある。このArf上のGDPは、供与オルガネラ膜上に存在するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の触媒によりGTPと交換される。それによってArfはコンフォメーション変化を起こし、N末端のミリストイル基が露出することにより膜に強固に結合できるようになる。
(2)膜に会合したGTP結合型Arfは、シスゴルジではCOPI複合体、トランスゴルジネットワーク(TGN)ではAP-1複合体やGGAのようなコートタンパク質をリクルートする。
(3)コートタンパク質が積み荷膜タンパク質の細胞質領域に存在する輸送シグナルを認識して集合させる。また、GTPase活性化タンパク質(GAP)も集合する。
(4)脂質二重膜が変形して、輸送小胞の出芽が起こる。
(5)出芽のくびれた部分が切り取られて、輸送小胞が完成する。
(6)GAPの触媒により、Arfに結合したGTPはGDPと無機リン酸に加水分解されて、Arfが小胞膜から遊離するとともに、コートタンパク質も膜から遊離する。このArfやコートタンパク質は再利用される。
(7)裸になった輸送小胞は標的オルガネラ膜と融合し、積み荷タンパク質が受け渡される。

図4  Arfによるコート小胞の形成の調節
 (1)細胞質と膜の間で平衡状態にあるGDP結合型Arfが、供与膜上に存在するArf-GEFによりGTP結合型に変換されて活性化される。(2)コートタンパク質が細胞質からリクルートされる。(3)積み荷膜タンパク質とArf-GAPも集合する。(4)膜が変形して小胞の出芽が起こる。(5)くびれが切り取られて小胞が完成する。(6)Arfに結合したGTPがArf-GAPによりGDPへと加水分解されて、Arfとコートタンパク質が膜から遊離する。(7)輸送小胞が標的膜と融合する。

 クラスリン・アダプターによるTGNとエンドソーム/リソソームの間の複雑な輸送調節

 ゴルジ体を経てTGNまで輸送されてきたタンパク質は、そこで選別を受けてさまざまな目的地へと輸送される。また、エンドサイトーシスにより細胞表面から取り込まれた受容体などの膜タンパク質も、エンドソームでさまざまな選別を受け、細胞膜にリサイクルされたり、リソソームで分解されたり、TGNヘとさらに輸送されたりする。これらの選別の基礎をなすのは、積み荷膜タンパク質の細胞質領域に存在するさまざまな輸送シグナルとクラスリン・アダプタータンパク質の相互作用である。クラスリンのアダプターには、ヘテロ四量体のAP複合体(哺乳動物ではAP-1からAP-4の4種類;ただしAP-1とAP-3にはサブタイプあり)とモノマーとして機能するGGA(哺乳動物ではGGA1からGGA3の3種類)がある。図5にこれらのアダプターが関与すると考えられる細胞内の輸送過程の概略を示した。
 コートタンパク質による輸送シグナルの認識の概略に関しては、以下の総説をご参照ください。
中山和久 (1998) コートタンパク質の多様性とタンパク質の選別.実験医学16, 1524-1531.

図5 AP複合体およびGGAが関与する細胞内の輸送過程

 


研究内容

 Arf-GEFの機能

 Arf-GEFファミリーのタンパク質は、分子の中央付近に触媒活性に不可欠なSec7ドメインを有する。これらは、主として分子サイズにより高分子量型と低分子量型の2つに分類される。私たちの研究室では、これらのうちメンブレン・トラフィックの調節に関与する高分子量型Arf-GEFについて研究している。高分子量型は、さらにBIG/SEC7サブファミリーとGBF/GEAサブファミリーに分かれ、哺乳動物ではBIG1とBIG2、およびGBF1がそれぞれに含まれる(図6参照)。
 私たちは、 BIG2はTGNやリサイクリングエンドソームに局在してARFを活性化することにより、AP-1複合体やGGA(後述)のようなコートタンパク質を膜にリクルートし、TGNからエンドソームへの順行輸送、およびエンドソームからTGNへの逆行輸送を調節することを証明した(Shinotsuka et al. (2002) J. Biol. Chem., 277, 9468; Shinotsuka et al. (2002) Biochem. Biophys. Res. Commun., 294, 254; Shin, H.-W. et al. (2004) Mol. Biol. Cell, 15, 5283; Ishizaki et al.(2008) Mol. Biol. Cell, .19,2650)。一方、GBF1は主としてゴルジ体のシス領域に局在して、COPI複合体を膜にリクルートし、ゴルジ体から小胞体への逆行輸送を調節することを証明した(Kawamoto et al. (2002) Traffic, 3, 483)。これらの結果は、さまざまな輸送小胞が細胞内のどこで形成されるのかは、Arfにより決定されるのではなく、Arf-GEFによりArfがどこで活性化されるのかに依存する可能性を示唆する。
 Arf-GEFの種類と機能の概略に関しては、以下の総説をご参照ください。
Shin, H.-W. & Nakayama, K. (2004) Guanine nucleotide exchange factors for Arf GTPases: their diverse functions in membrane traffic. J. Biochem., 136, 761-767.
申惠媛,中山和久 (2006) ARFによるメンブレントラフィックの調節.細胞工学, 25, 1253-1257.
中山和久,申惠媛 (2008) Arfファミリーの低分子量 GTPaseのメンブレントラフィックにおける役割.蛋白質核酸酵素, 53, 2058-2064.

図6 哺乳動物のArf-GEFの構造と分類
 Arf-GEFファミリーはそのサイズにより高分子量型と低分子量型に分類され高分子量型はさらに類似性に基づいてGBFサブファミリーとBIGサブファミリーに分けられる

 Arfのエフェクタータンパク質の機能

 私たちをはじめとする世界中のいくつかの研究室は、AP-1複合体のサブユニットのひとつgamma-アダプチンのイアー(Ear)ドメインと相同性を有する新規のクラスリン・アダプターのファミリーGGA(Golgi-localizing, gamma-adaptin ear domain homology, Arf-binding protein)を2000年に同定した(Takatsu et al. (2000) Biochem. Biophys. Res. Commun., 271, 719)。それまでに知られていたヘテロ四量体のAP複合体とは異なり、GGAはモノマーとして機能する。哺乳動物にはGGA1からGGA3の3種類が存在する。
 GGAは共通のドメイン構成を有し、N末端側からVHS(Vps27/Hrs/STAM)ドメイン、GAT(GGA and Tom1)ドメイン、ヒンジ領域、GAE(gamma-adaptin ear)ドメインからなる(図7でAP-1A複合体とGGAのドメイン構成を比較する)。私たちは、VHSドメインにはマンノース6リン酸受容体やソーティリンなどの膜タンパク質の細胞質領域に存在する酸性アミノ酸クラスター・ジロイシン(ACLL)モチーフ(Takatsu et al. (2001) J. Biol. Chem., 276, 28541)が、GATドメインにはARFおよびユビキチン(Takatsu et al. (2002) Biochem. J., 365, 369; Shiba et al. (2004) J. Biol. Chem., 279, 7105)が、ヒンジ領域にはクラスリンが、GAEドメインにはさまざまなアクセサリータンパク質(Takatsu et al. (2000) Biochem. Biophys. Res. Commun., 271, 719; Shiba, Y. et al. (2002) J. Biochem., 131, 327)が結合することを証明した。
 さらに、高エネルギー加速器研究機構の若槻壮市教授らのグループとの共同研究により、VHSドメイン、GATドメイン、GAEドメインや、それらと結合タンパク質との複合体のX線結晶構造を解明し(Shiba et al. (2002) Nature, 415, 937; Nogi et al. (2002) Nature Struct. Biol., 9, 527; Shiba et al. (2003) Nature Struct. Biol., 10, 386; Kawasaki et al (2005) Genes Cells, 10, 639)、GGAの構造と機能の分子基盤を明らかにした(図8参照)。
 GGAの他にも、Arfophilin/Rab11-FIPやArfaptin/PORI などのARFエフェクターの研究も行っている(Shiba et al. (2006) Proc. Natl. Acad.Sci. USA, 103,15413; Man et al. (2011) J. Biol. chem. 286. 11569)

 GGAの構造と機能の概略に関しては、以下の総説をご参照ください。
Nakayama, K. & Wakatsuki, S. (2003) The structure and function of GGAs, the traffic controllers at the TGN sorting crossroads. Cell Struct. Funct., 28, 431-442.
中山和久、若槻壮市 (2005) GGA:メンブレントラフィックを調節する新規のクラスリンアダプターの構造と機能. 生化学, 78, 1367-1381.

図7 AP-1A複合体とGGAのドメイン構成の比較
 各ドメインと相互作用するタンパク質も示してある

図8 GGAの各ドメイン、および相互作用するタンパク質の立体構造

 メンブレントラフィックによる細胞分裂の調節    

 細胞分裂の際には、オルガネラは崩壊したり、再形成されたり、ダイナミックに局在を変化させたりすることによって、二つの娘細胞に均等に分配される。このような過程には膜の供給や除去が必要であり、特定のタンパク質が特定の部位に供給されなければならないので、細胞分裂時のオルガネラの形態変化はメンブレントラフィックによる調節をうける(図9参照)。
 
ArfファミリーやRabファミリーのタンパク質や、それらのエフェクタータンパク質のなかには、細胞分裂時のゴルジ体やリサイクリングエンドソーム、中央紡錘体やミッドボディーなどに局在するものもある。これらの局在は、時間的・空間的にダイナミックに変化する。私たちは、細胞分裂を含むさまざまな細胞機能の調節におけるメンブレントラフィックの役割について、ArfファミリーやRabファミリーのタンパク質の機能を中心にして、時間的な観点と空間的な観点の両方からの解明をめざしている。

図9 細胞分裂時のオルガネラの局在

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