目 次

 テーマ1 痛み・しびれに関する研究

 テーマ2 精神疾患(うつ・薬物依存)に関する研究

 テーマ3 間質性膀胱炎に関する研究

テーマ1 痛み・しびれに関する研究

 痛みという感覚(痛覚)は、組織損傷やあるいはその発生の可能性があるときに発生し(急性疼痛)、そのような痛みは生体における警告反応として必須のものではありますが、組織損傷が治癒したにもかかわらず長く続く痛み(慢性疼痛)や、過度の痛みはもはや無用の感覚であり、最近では痛みそのものが治療されるべき疾患の一つであると理解されています。しかしながら、神経障害性疼痛など現在でもなお鎮痛薬によってコントロールできない痛み(難治性疼痛)が少なからず存在し、それらのメカニズム解明および新規治療薬の開発が強く望まれています。私達は、これらの問題に対し、一次感覚神経に存在する侵害受容器(TRPチャネルなど)レベルから、痛みの中継点となる脊髄レベル(主にグリア細胞の変化)まで幅広く研究を行っています。
 一方、しびれは、正座を崩した直後などに生じる誰しも経験したことのある不愉快な感覚で、異常感覚(錯感覚)、感覚鈍磨、運動障害なども伴います。また、がん化学療法時や閉塞性末梢動脈疾患、糖尿病性神経障害、坐骨神経痛、脱髄性疾患など様々な疾患にも付随し、患者の日常生活に与える影響は大きいのですが、いかんせん、しびれ動物モデルが確立されておらず、その発症機構は未だ全く理解されていません。私達はしびれの動物モデルの作製からのその発症機構の解明にも取り組んでいます。
 以下に、痛み・しびれに関して、現在取り組んでいるテーマの一部を紹介したいと思います。


■ 慢性疼痛における免疫/グリア細胞の役割

 痛みの慢性化には、末梢神経である一次感覚神経と中枢神経である脊髄後角神経の過敏化(それぞれ末梢神経感作・中枢神経感作と呼ばれています)が関わっています。末梢神経感作および中枢神経感作の誘導には、免疫系細胞(マクロファージ、好中球、Tリンパ球、肥満細胞等)による末梢神経の炎症応答と、脊髄内ではグリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)による神経炎症応答が重要な役割を担っていることが知られています。私達は、炎症性疼痛や神経障害性疼痛におけるこれら免疫/グリア細胞の役割についてこれまでも様々な検討を行ってきました。
 
最近行っている研究の1つに、これら免疫/グリア細胞に発現するTRPチャネルに関する研究があります。TRPM2チャネルは、過酸化水素等の活性酸素により開口するカチオンチャネルの1つですが、特に免疫/グリア細胞に多く発現し、これらの細胞で活性酸素センサーとして機能し、最近になり免疫/炎症応答に関与していることが分かってきました。私達は、このTRPM2チャネルと諸種の慢性疼痛との関連を主にTRPM2遺伝子欠損マウスを用いて検討し、これまでに炎症性疼痛や神経障害性疼痛において、マクロファージやミクログリアに発現するTRPM2が関与することを突き止めています。また、炎症部位や神経損傷部位への好中球の浸潤や、末梢神経損傷後の末梢免疫系細胞、特にマクロファージの脊髄内への浸潤にTRPM2が関わっていることも見出しており、現在、さらに詳細なメカニズムを解析しているところです。本研究成果は京都大学の研究成果のページにも掲載されています。
 また、弱オピオイドに分類されるトラマドールとグリア細胞に関する検討も行っています。トラマドールおよびその代謝産物であるM1は、μオピオイド受容体のアゴニストとして作用しますが、同時に、ノルアドレナリン/セロトニン再取り込み阻害作用も有しており、最近、がん性疼痛だけでなく、神経障害性疼痛などの非がん性慢性疼痛にも適応が認められた鎮痛薬です。私達は、このトラマドールが他のオピオイドと比較しても、神経障害性疼痛に対して非常に有効であることに着目し、トラマドールが神経障害性疼痛に対して一過性の急性鎮痛効果を示すだけでなく、その反復処置により神経障害性疼痛を改善できる能力を有していることを見出しました。また、この作用は、
μオピオイド受容体を介したものではなく、α2アドレナリン受容体を介していること、また、おそらく下行性ノルアドレナリン神経系の増強作用により脊髄アストロサイト上に存在するα2アドレナリン受容体を刺激し、神経障害性疼痛時のアストロサイトの活性化を抑制することが関連していることを見出しています。

 原著論文

  • Miyake T, Shirakawa H, Kusano A, Sakimoto S, Konno M, Nakagawa T, Mori Y, Kaneko S*: TRPM2 contributes to LPS/IFNγ-induced production of nitric oxide via the p38/JNK pathway in microglia. Biochem Biophys Res Commun, 444: 212-217 (2014)
  • Isami K, Haraguchi K, So K, Maeda S, Asakura K, Shirakawa H, Mori Y, Nakagawa T*, Kaneko S: Involvement of TRPM2 in peripheral nerve injury-induced infiltration of peripheral immune cells into the spinal cord in mouse neuropathic pain model. PLOS ONE, 8: e66410 (2013)
  • Haraguchi K, Kawamoto A, Isami K, Maeda S, Kusano A, Asakura K, Shirakawa H, Mori Y, Nakagawa T*, Kaneko S: TRPM2 contributes to inflammatory and neuropathic pain through the aggravation of pronociceptive inflammatory responses in mice. J Neurosci 32: 3931-3941 (2012)
  • Maeda S, Kawamoto A, Yatani Y, Shirakawa H, Nakagawa T*, Kaneko S: Gene transfer of GLT-1, a glial glutamate transporter, into the spinal cord by recombinant adenovirus attenuates inflammatory and neuropathic pain in rats. Mol Pain 4: 65 (2008)
  • Nakagawa T*, Otsubo Y, Yatani Y, Shirakawa H, Kaneko S: Mechanisms of substrate transport-induced clustering of a glial glutamate transporter GLT-1 in astroglial-neuronal cultures. Eur J Neurosci 28: 1719-1730 (2008)
  • Nakagawa T*, Wakamatsu K, Maeda S, Shirakawa H, Kaneko S: Differential contribution of spinal mitogen-activated protein kinases to the phase of long-lasting allodynia evoked by intrathecal administration of ATP in rats. Biol Pharm Bull 31: 1164-1168 (2008)
  • Nakagawa T*, Wakamatsu K, Zhang N, Maeda S, Minami M, Satoh M, Kaneko S: Intrathecal administration of ATP produces long-lasting allodynia in rats: differential mechanisms in the phase of the induction and maintenance. Neuroscience 147: 445-455 (2007) 

 総説・著書・その他

  • 中川貴之、白川久志、金子周司:特集「末梢神経損傷により中枢移行する免疫系細胞と神経障害性疼痛の関連」『脳内環境­–恒常性維持機能の破綻と病気』遺伝子医学MOOK, in press
  • 中川貴之、勇 昂一、原口佳代、宗 可奈子、朝倉佳代子、白川久志、金子周司:総説「神経障害性疼痛における免疫系細胞に発現するTRPM2チャネルの役割」薬学雑誌, 134: 379-386 (2014)
  • 中川貴之、勇 昂一、原口佳代、宗 可奈子、朝倉佳代子、白川久志、金子周司:「末梢神経損傷により脊髄内浸潤する免疫系細胞と神経障害性疼痛の関わり –TRPM2チャネルの役割–」『特集:神経精神疾患における脳内環境破綻の分子基盤』日本薬理学雑誌 142: 210-214 (2013)
  • 中川貴之:「(総説)トラマドールおよび新規オピオイド系鎮痛薬タペンタドールの鎮痛作用機序とその比較」日本緩和医療薬学雑誌 6: 11-22 (2013)
  • 中川貴之、金子周司:「炎症性および神経障害性疼痛におけるTRPM2の役割」医学のあゆみ, 242: 265-266 (2012)
  • 新聞報道:朝日新聞 2012年3月17日(土)33面、産経新聞 2012年3月17日(土)30面、京都新聞 2012年3月17日(土)27面、読売新聞 2012年4月1日(日)14面
  • Nakagawa T, Kaneko S: Spinal astrocytes as therapeutic targets for pathological pain. J Pharmacol Sci 114: 374-353 (2010)
  • 中川貴之:「神経・グリア回路の異常による慢性疼痛」医学のあゆみ, 235: 805-806 (2010)
  • 中川貴之:「慢性疼痛における脊髄アストロサイトの役割」日本薬理学雑誌, 136: 122 (2010)
  • 中川貴之:「神経−グリア回路網の機能異常を原因とする慢性疼痛及び薬物依存に関する研究」日本薬理学雑誌, 135: 225-229 (2010)
  • 中川貴之、赤池昭紀:「慢性痛の発生機序と疼痛治療標的」実験薬理学シリーズ 実践行動薬理学(金芳堂)209-218 (2010)
  • 中川貴之:「慢性疼痛治療標的としてのグリア細胞』医学のあゆみ, 218: 1096-1097 (2006)

 博士論文・修士論文・卒業論文

  • 朝倉佳代子(平成25年度卒業論文)「Validation of TRPM2as adrug target of inflammatory and neuropathic pain」
  • 勇 昂一(平成24年度卒業論文)「TRPM2 contributes to peripheral nerve injury-induced infiltration of peripheral immune cells into the spinal cord in neuropathic pain」
  • 榊山 稔(平成24年度卒業論文)「Mechanism underlying preventive and ameliorative effect of tramadol on neuropahitc pain」
  • 前田早苗(平成22年度博士論文)「慢性疼痛における脊髄内グリア細胞の役割に関する研究」
  • 桑原一樹(平成22年度修士論文)「マクロファージが誘発する後根神経節ニューロンの感作におけるTRPM2の関与」
  • 河本 愛(平成21年度修士論文)「炎症性および神経障害性疼痛におけるTRPM2チャネルの役割」
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 ■ 末梢神経損傷時の末梢免疫系細胞の脊髄内浸潤のメカニズムおよび神経障害性疼痛との関連

 神経障害性疼痛は、末梢神経の損傷に起因する疾患であり、末梢神経損傷部位での炎症応答に加え、その入力先である脊髄後角でのグリア細胞の活性化が、脊髄後角神経の機能的過敏化を惹起することで、長期間持続する治療薬抵抗性の疼痛が誘導されると考えられています。この神経障害性疼痛と脊髄グリア細胞との関連については、これまでにも非常に多くの知見が蓄積されてきましたが、最近、末梢神経損傷時に、脊髄内にマクロファージやTリンパ球などの末梢免疫系細胞が浸潤することが相次いで報告されました。しかし、脊髄内に浸潤した末梢免疫系細胞と神経障害性疼痛の発症や進行との関連やそのメカニズム、グリア細胞や脊髄後角神経への影響等については未だ解明されていません。私達は、現在、GFPトランスジェニックマウスから採取した骨髄細胞を移植した骨髄キメラマウスを用いて、この問題に取り組んでいるところです。本研究は、新学術領域「脳内環境 〜恒常性維持機構とその破綻〜」によって支援されています。

 原著論文

  • Isami K, Haraguchi K, So K, Maeda S, Asakura K, Shirakawa H, Mori Y, Nakagawa T*, Kaneko S: Involvement of TRPM2 in peripheral nerve injury-induced infiltration of peripheral immune cells into the spinal cord in mouse neuropathic pain model. PLOS ONE, 8: e66410 (2013)

博士論文・修士論文・卒業論文

  • 勇 昂一(平成24年度卒業論文)「TRPM2 contributes to peripheral nerve injury-induced infiltration of peripheral immune cells into the spinal cord in neuropathic pain
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 ■ 抗がん剤誘発末梢神経障害の分子メカニズムの解明

 がん化学療法で用いられる抗がん剤のうち、タキサン系(パクリタキセル等)、ビンカアルカロイド系(ビンクリスチン等)、白金製剤(シスプラチン、オキサリプラチン等)やプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ)などの抗がん剤は、副作用として、四肢末端のしびれ、知覚異常、歩行困難、神経痛などの末梢神経障害を高率に誘発することが知られています。この末梢神経障害は、抗がん剤の用量規定因子となり、治療成果に影響を与えるだけでなく、がん患者のQOLを低下させる要因ともなっています。ところが、現在でも効果的な予防法・治療法は存在せず、臨床現場では大変大きな問題となっています。特に、白金製剤のオキサリプラチンは、ほぼ全例において投与直後から数時間以内に、寒冷刺激で誘発、増強される四肢・口周囲のしびれ、知覚異常、まれに咽頭・喉頭の締め付け感、知覚異常による呼吸・嚥下困難など、特徴的な急性末梢神経障害を誘発することが知られています。私達も、この抗がん剤、特にオキサリプラチンによる末梢神経障害の発症機構解明に取り組んでおり、オキサリプラチンに特徴的な寒冷被爆で誘発される急性末梢神経障害は、一次感覚神経のTRPA1が特異的に関わっていることを見出しました。現在、そのオキサリプラチンによるTRPA1活性化・過敏化の分子機構と効果的な予防法・治療法を模索しているところです。なお、本研究は、公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団平成24年度研究助成医学分野プロジェクト研究(プロジェクトリーダー 生理研・富永真琴 先生)により支援され、日本緩和医療薬学会 研究推進委員会(委員長 星薬科大学・成田 年 先生)による多施設共同研究の一環となっています。

 原著論文

 総説・著書・その他

  • 中川貴之:特集「痛みの発生と慢性化におけるTRPチャネルの役割 〜新規鎮痛薬標的としての可能性〜」『特集:いま注目のチャネル分子 TRPの実体に迫る!』実験医学, in press
  • 中川貴之:「痛みの受容機構と新規鎮痛薬創製の可能性」生化学 85: 561-565 (2013)
  • 中川貴之、趙 萌、白川久志、金子周司:「オキサリプラチンに特徴的な急性末梢神経障害におけるTRPA1の役割」『特集:癌化学療法に伴う神経障害性疼痛 −最近の研究動向』日本薬理学雑誌, 141: 76-80 (2013)

 博士論文・修士論文・卒業論文

  • 趙 萌(平成25年度博士論文)「オキサリプラチンによる急性末梢神経障害におけるTRPA1チャネルの関与」
  • Ziauddin Azimi(平成25年度修士論文)「Discriminative effects of anticancet agents on vultured myelinating Schwann cells」
  • 趙 萌(平成22年度修士論文)「オキサリプラチン誘発末梢神経障害におけるTRPA1の関与」
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 ■ しびれ動物モデルの確立とその発症機序の解明

 しびれは、正座を崩した直後などに生じる誰しも経験したことのある不愉快な感覚で、異常感覚(錯感覚)、感覚鈍磨、運動障害なども伴います。また、がん化学療法時や閉塞性末梢動脈疾患、糖尿病性神経障害、坐骨神経痛、脱髄性疾患など様々な疾患にも付随し、患者の日常生活に与える影響は思っているよりも大きいものです。現在、しびれの治療には、ビタミンB剤、末梢循環改善薬、漢方薬や、痛みも伴う場合には、NSAID、抗うつ薬、抗けいれん薬等の鎮痛薬なども用いられていますが、未だ決定的な治療薬は存在せず、いわゆるアンメット・メディカル・ニーズ(まだ有効な治療法が確立されていない医療分野(疾患))は非常に高いものと考えられます。このように、しびれ治療薬の開発が遅れている要因は、しびれの動物モデルおよびその評価法がこれまで存在しなかったことにあり、その発症機構は未だ全く理解されていません。このような理由から、私達はしびれの動物モデルの作製からのその発症機構の解明にも取り組んでいるところです。

 原著論文

  • Zhao M, Nakamura S, Miyake T, So K, Shirakawa H, Tokuyama S, Narita M, Nakagawa T*, Kaneko S: Pharmacological characterization of standard analgesics on oxaliplatin-induced acute cold hypersensitivity in mice. J Pharmacol Sci, in press
  • Zhao M, Isami K, Nakamura S, Shirakawa H, Nakagawa T*, Kaneko S: Acute cold hypersensitivity characteristically induced by oxaliplatin is caused by the enhanced responsiveness of TRPA1 in mice. Mol Pain 8: 55 (2012)

 総説・著書・その他

  • 中川貴之、趙 萌、白川久志、金子周司:「オキサリプラチンに特徴的な急性末梢神経障害におけるTRPA1の役割」『特集:癌化学療法に伴う神経障害性疼痛 −最近の研究動向』日本薬理学雑誌, in press (2013)
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テーマ2 精神疾患(うつ・薬物依存)に関する研究

 うつ病は、長期にわたる抑うつ症状を主徴とする精神疾患で、その最終的な転帰となりうる自殺とともに重大な社会問題であり、国家レベルでの対策が必要とされています。既存の抗うつ薬の多くが、セロトニン神経やノルアドレナリン神経を標的としていることからも分かるように、うつ病の病態生理および抗うつ薬の作用機序に、これらモノアミン神経が重要な役割を果たしていることは、(多くの批判はあるものの)確かなことであると考えられています(モノアミン仮説)。しかし、これら抗うつ薬の効果発現には少なくとも数週間の投与を必要とし、緩やかな経時変化を伴ったセロトニン神経を中心とした様々な神経機能の可塑的変化が必要であると考えられます。
 一方、覚醒剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)、麻薬性鎮痛薬(モルヒネ、ヘロインなど)、コカイン、MDMA(エクスタシー)、5-MeO-DIPT(FOXY)の他、最近では脱法ハーブなどと呼ばれるいわゆる依存性薬物の乱用に歯止めがかからず、使用者層の低年齢化が社会問題の一つとなっています。これらの依存性薬物を使用してしまうと、その繰り返し摂取をやめられなくなってしまい(精神依存)、時には薬物の使用中止により禁断症状が生じてしまうものもあります(身体依存)。さらに、幻覚・妄想などの精神異常をきたし、その薬物を求めて(渇望)、犯罪を繰り返すこともあります。
 私たちは、これら抗うつ薬や依存性薬物の作用機構を解明することを目的に、現在では特に抗うつ薬やMDMAのセロトニン神経に対する長期的な作用に注目して、その分子ー神経機構を解明することを目的に研究を行っています。ところが、セロトニン神経は初代培養が非常に難しく、セロトニンを検知可能なレベルで遊離するin vitro実験系は存在しないため、これら薬物がセロトニン神経に長期的にどのような影響を与えるかというin vitroでの検討はほとんどんなされてきませんでした。私達は、組織培養法の一種である脳切片培養系に着目し、機能的なセロトニン神経を大量に含む縫線核脳切片培養系を作製し、依存性薬物および抗うつ薬の急性および持続処置時のセロトニン神経機能変化について検討を行っています。


■ 縫線核セロトニン神経含有中脳切片培養系を用いたin vitroでの抗うつ薬の作用機序に関する研究

 縫線核のセロトニン神経核を含む領域を含む切片培養系では多くの機能的なセロトニン神経が見られます。この縫線核切片系に選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI(シタロプラム、フロキセチン、パロキセチン)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬SNRI(ミルナシプラン、ベンラファキシン、デュロキセチン)や三環系抗うつ薬(イミプラミン、デシプラミン)等のセロトニントランスポーターに対して阻害活性を有する抗うつ薬を4日間持続的に処置すると、細胞外へのセロトニン遊離量が顕著に増加します。こののセロトニン遊離増強現象は、AMPA型グルタミン酸受容体活性化を介した活セロトニンの開口放出の増加が原因であり、これまで通説とされてきた5-HT1A/1B受容体などの自己受容体の脱感作ではないことを明らかにしました。また、試した抗うつ薬の中で、SNRIのミルナシプランがとりわけ顕著なセロトニン遊離増強現象を引き起こし、この原因として、α1アドレナリン受容体が関与していることも明らかにしています。

 原著論文

 総説・著書

  • 中川貴之:「セロトニントランスポーター阻害薬のセロトニン神経に対する作用 〜トランスポーター機能の新たな側面〜」日本薬理学雑誌 136: 309 (2010)

 博士論文・修士論文・卒業論文

  • 西谷直也(平成25年度卒業論文)「Synaptic mechanisms underlying antidepressant-like action of ketamine」
  • 永安一樹(平成24年度博士論文)「縫線核脳切片培養系を用いた依存性薬物および抗うつ薬のセロトニン神経への作用に関する研究」
  • 北市麻衣子(平成23年度卒業論文)「Sustained exposure to antidepressants inhibiting serotonin reuptake augments serotonin release in rat raphe slice cultures」
  • 八谷有美(平成20年度修士論文)「中脳切片培養系で新しく見出した慢性SSRIによるセロトニン遊離の増強」
Antidepressant5

 


■ 縫線核セロトニン神経含有中脳切片培養系を用いたin vitroでの薬物依存形成機構の解明

 同じく、縫線核セロトニン神経含有中脳切片培養系を用いて、覚醒剤やMDMAの作用機序についても検討していました。覚醒剤メタンフェタミンやMDMAは、急性処置によりセロトニントランスポーターの逆回転により細胞内のセロトニンを細胞外に放出させる作用を有していますが、本切片系に4日間持続的に処置することにより、活動電位に依存したセロトニンの開口放出量が顕著に増加すること、さらにこの作用にはAMPA受容体が関与することなどを明らかに報告しています。また、中脳ドパミン神経核を含む中脳切片とその投射先である側坐核および内側前頭前皮質を含む切片を共培養することにより、中脳皮質辺縁ドパミン神経ーグルタミン酸神経系を再構築し、in vitroでの薬物依存モデルとも言うべきドパミン神経感作が生じることも明らかにしています。

 原著論文

  • Nakagawa T*, Suzuki Y, Nagayasu K, Kitaichi M, Shirakawa H, Kaneko S: Repeated exposure to methamphetamine, cocaine or morphine induces augmentation of dopamine release in rat mesocorticolimbic slice co-cultures. PLOS ONE 6(9): e24865 (2011)
  • Nagayasu K, Kitaichi M, Shirakawa H, Nakagawa T*, Kaneko S: Sustained exposure to 3,4-methylenedioxymethamphetamine induces the augmentation of exocytotic serotonin release in rat organotypic raphe slice cultures. J Pharmacol Sci 113: 197-201 (2010)
  • Higuchi M, Suzuki Y, Yatani Y, Kitagawa Y, Nagayasu K, Shirakawa H, Nakagawa T*, Kaneko S: Augmentation of serotonin release by sustained exposure to 3,4-methylenedioxymethamphetamine and methamphetamine in rat organotypic mesencephalic slice cultures containing raphe serotonergic neurons. J Neurochem 106: 2410-2420 (2008)
  • Yamauchi Y, Izumi T, Unemura K, Uenishi Y, Nakagawa T, Kaneko S*: Acceleration of serotonin transporter transport-associated current by 3,4-methylenedioxymethanphetamine (MDMA) under acidic conditions. Neurosci Lett 428: 72-76 (2007)

 総説・著書

  • 中川貴之:薬物依存症とモノアミントランスポーター『中枢神経系のトランスポーターをめぐって』Clinical Neuroscience 26: 1140-1142 (2008)
  • 中川貴之、金子周司:Mini Review「脳切片培養系を用いた依存性薬物の精神神経毒性評価 ー薬物依存のin vitro研究ー」日本アルコール・薬物医学会雑誌 43: 166-171 (2008)
  • Nakagawa T, Kaneko S: Neuropsychotoxicity of abused drugs: Molecular and neural mechanisms of neuropsychotoxicity induced by methamphetamine, 3,4-methylenedioxymethamphetamine (Ecstasy) and 5-methoxy-N,N-diisopropyltryptamine (Foxy). J Pharmacol Sci 106: 2-8 (2008)
  • 中川貴之、金子周司:『薬物依存の神経科学 −違法ドラッグと覚醒剤による神経精神毒性』「MDMAによるセロトニン放出および神経毒性発現の分子機序」医歯薬出版株式会社 週刊 医学のあゆみ 217: 4490-4493, (2006)

 博士論文・修士論文

  • 永安一樹(平成24年度博士論文)「縫線核脳切片培養系を用いた依存性薬物および抗うつ薬のセロトニン神経への作用に関する研究」
  • 永安一樹(平成21年度修士論文)「縫線核培養切片へのMDMA慢性処置による5-HT遊離増強現象の解析」
  • 樋口 萌(平成19年度修士論文)「中脳冠状切片培養系における違法ドラッグMDMAによるセロトニン神経感作」
  • 鈴木祐一(平成17年度修士論文)「中脳皮質辺縁脳切片共培養系を用いた薬物依存モデルの確立およびそのメカニズムの検討」

 

テーマ3 間質性膀胱炎に関する研究

 間質性膀胱炎は、頻尿・尿意亢進・尿意切迫感・炎症・膀胱痛などの症状を呈し、重症例では著しく生活の質が低下する膀胱の器質的疾患でとして、最近になりその認知度もようやく高まってきました。間質性膀胱炎の根本的な原因については未だ明らかにされておらず、様々な意見はありますが、3つの病態生理学的な機構(上皮機能不全、肥満細胞活性化、および神経因性炎)が示唆されています。間質性膀胱炎は従来、非常に稀な疾患と考えられていましたが、最近の疫学調査では間質性膀胱炎の有病率は人口の0.5%以上と推定され、非常に多くの患者がいることが分かってきています。間質性膀胱炎の認知度が高まるにつれて、臨床現場からの間質性膀胱炎治療薬に対するニーズも高くなってきています。間質性膀胱炎、特に非潰瘍型の場合の治療は、現在、対処療法が中心で、保存的治療、膀胱水圧拡張術、内服薬治療、膀胱内注入療法が用いらます。これらの中には確かに一部の患者で有効なものもありますが、それらも副作用や麻酔下で実施する必要があるなど多くの問題があり、満足のいく治療法がないのが現状です。また、現在、日本で用いられている治療薬はすべて適応外使用であり、間質性膀胱炎またはそれに伴う症状の適応をもつ薬剤は世界的にみてもほとんどありません。治療薬の開発が進まない主な原因の一つに、間質性膀胱炎の適切な動物モデルが存在しないことが挙げられ、病態に即した動物モデルを作製することが急務となっています。これまで、間質性膀胱炎の動物モデルとして、免疫抑制剤であるシクロフォスファミドを用いた膀胱炎モデルが広く用いられてきましたが、このモデルは、主症状である膀胱の炎症、排尿回数の増加、膀胱痛が、投与数時間でピークを迎え、その後わずか数日で回復してしまい、間質性膀胱炎の特徴である慢性的な炎症、病態を反映しているとは言い難いものです。そこで私達は、これらの症状がさらに長く持続する膀胱炎モデルを探索し、過酸化水素を膀胱内に注入することにより少なくとも1週間以上の膀胱炎、頻尿が発生することを見出しました(特許取得済み)。現在、過酸化水素による慢性膀胱炎モデルのさらに詳細な病態や発症機構を明らかにしようとしているところです。

 原著論文

 博士論文・修士論文・卒業論文

 知的財産