はじめに

構造生物薬学分野は、2002年度に発足した研究室です。 その名の通り、創薬(薬の発明)の基礎となる生命現象の分子基盤を解明する研究を行っています。 構造生物学とは、タンパク質を中核とする生体高分子複合体が担う生物機能の仕組み(原理)を、その立体構造に基づいて明らかにしようとする学問です。 したがって、単に分子構造を精密に決定するだけではなく、機能を実現する分子の構造基盤を解明することが目標となります。

合理的な創薬には未解明の生命の仕組みの理解が不可欠です。分子構造は、生命現象の根本原理となる重要な基盤を与えます。生物学から構造生物学への革新が起こったように、Receptorsやtransportersの分子構造が見えるようになった今では薬の効き方を分子構造から理解する (薬理学)「構造薬理学」が実現しています。まさに薬学は、構造生物薬学の時代を迎えているのではないでしょうか。

近年では2017年のノーベル化学賞の受賞対象でもあるクライオ電子顕微鏡(リンク2)による立体構造解析が大変脚光を浴びており、次々と重要分子の立体構造が明らかになってきています。私たちもこの最先端の解析技術を研究に取り入れており、次々と解析困難な分子の立体構造解析に挑戦しています。

薬学(薬理学)には、受容体receptorsと輸送体transportersという2つの重要な膜タンパク質があります。 近年GPCR (Gタンパク質共役型受容体)を中心とするreceptorsの構造生物学研究が大きく発展し、2012年にノーベル化学賞が授与されました。 我々も受容体と輸送体を標的とした研究を行っており、前者では「心筋の収縮に不可欠で致死性の不整脈の要因となる心筋型リアノジン受容体」や、「1回膜貫通型の受容体であるANP受容体」等に焦点を当てた研究を、後者では薬物の体内動態の決定要因として最も重要な分子としてP糖タンパク質(ABCB1)に関する研究を行っています。高分解能のX線結晶構造やクライオ電子顕微鏡法を利用することで、構造に基づいたメカニズムの解明や、新規メカニズムの阻害剤(機能調節薬)開発に集中的に取り組んでいます。また同時に、膜タンパク質のように立体構造解析が難しい対象を研究するための新たな構造研究手法の開発にも取り組んでいます。

未解明の分子構造と機能を研究対象とするに当たって、我々は独自の研究対象の選定と新たな研究手法の開発で困難を乗り越えて来ました。 すなわち、生物学と化学の発想から解析に適した分子が見つかると推定される生物材料を選び、遺伝子発現、精製、結晶化、分子生物学的改変や、物理化学的な測定はもちろん、有機化学による基質アナログや遷移状態アナログの設計と合成をも組み合わせた独自の研究方法を用いて来ました。

私たちの今後の研究に大いにご期待ください。