膜タンパク質のNMR

巨大膜タンパク質の核磁気共鳴(NMR)分光学研究

 膜タンパク質の立体構造を正確に決定する場合はX線結晶解析が最適ですが、分子が実際に働いている溶液状態での立体構造の動きを高い精度で捉えるためにはNMRが最適です。 ただし、NMRは分子量が3万を超えると、たとえ最先端の装置を用いていても各原子からのNMR信号を分離することができなくなり、立体構造決定が事実上不可能となります。 このことから膜タンパク質のメカニズム研究のように動的構造が知りたい場合でも、NMRの利用は、Gタンパク質共役型受容体 (GPCR)のような分子量の小さな場合に限られてきました。 しかし、X線解析によって立体構造が判明している場合には、狙った部位の構造変化を知りたいだけなので、知りたい部分のNMR信号だけを検出できれるようにすれば、巨大な膜タンパク質でも、動的構造の解析に道が開かれることになるはずです。

 我々はこのようなアイデアから、X線解析から取得済みの構造情報を活かして、限られたアミノ酸だけを安定同位体ラベルすることにより、単純化したNMRスペクトルから構造解析の実施に不可欠な情報を入手することに挑戦しています。 これにより、合理的にNMRの解析限界を超えることができると期待されるからです。

 NMR解析の標的として挑戦しているのは、分子量150kDaを越える膜タンパク質であるATP Binding Cassette多剤排出トランスポーターCmABCB1です。 すでに我々はメタノール資化性酵母Pichia pastorisを用いてCmABCB1を100mg程度を取得する実験系を確立しています。[図4] この系を用いれば、あるアミノ酸残基を限定して安定同位体元素でラベルすることが容易にできると考えられます。 すなわち、トランスポーター機能に必要と考えられるアミノ酸残基の位置のみを1H, 13C, 15N化することにより、通常の均一なラベル化では互いにスペクトルが重なってしまう問題を解決し、NMR信号の検出感度上昇を可能にすることを目指しています。

図4