神大医学部岡村教授ら 脳に光ファイバー直結 マウスの脳に光ファイバーを通して、生物の体内時計をつかさどる時計遺伝子の活動を記録することに、神戸大学医学部の岡村均教授、山口瞬助手らのチームが成功した。ほ乳類の遺伝子活動を生きたまま直接記録できたのは世界で初めて。9日までに、英科学誌ネイチャーに発表した。岡村教授は「遺伝子の働きをありのまま観察できる画期的な方法」としており、今後進められる脳機能や神経細胞の解析・研究にも影響を与えそうだ。 体内時計は、睡眠など生物の生活に大きく関与し、海外旅行の際に「時差ボケ」を引き起こすことでも知られる。ほ乳類は、脳内の視床下部にある体内時計を中心に、体内のすべての細胞が時計を刻んでいる。 岡村教授らは、1997年、ヒトやマウスなどほ乳類の時計遺伝子を発見。昼は活動、夜は休息、という約24時間周期のリズムを持っていることを突きとめた。 さらに今回、マウスの時計遺伝子を一部組み換えるこどで、活動の変化に応じて光を発するように設定。脳内の視床下部付近に、直径0.5_の光ファイバーを差し込んで、時計遺伝子の発光リズムの記録に成功した。 記録では、光はおよそ12時間ごとに強弱を繰り返し、時計遺伝子が活動と休息を24時間の周期で行っていることが、あらためて確認された。 従来、ほ乳類の遺伝子活動の記録、研究は、体から遺伝子を切り離して行われてきたが、今回、生きたマウスの遺伝子活動をそのまま同時に記録できたことで、今後の遺伝子研究が大きく前進する可能性が出てきた。 今回の研究は、神大、東北工業大、早稲田大の合同チームで行った。 神戸新聞 2001年2月9日(金) 夕刊
神戸大 脳の働き調べる手段に 脳にある体内時計の遺伝子の働きをリアルタイムで観測することに、神戸大学の岡村均教授と山口瞬助手らのグループがマウスを使った実験で成功、英科学誌「ネイチャー」に発表した。生きた哺乳類の脳の働きを、遺伝子レベルで連続的に観察したのは初めてで、記憶や学習などを調べる手法としても注目される。 岡村教授らは、ホタルの遺伝子を組み込んで、時計遺伝子が働くと発光するように工夫したマウスを使用。直径0.5_の光ファイバーを脳に挿入し、視交叉上核にある時計遺伝子が発光する様子を観測した。 その結果、発光のパターンには、時計遺伝子の働きと同じ、約24時間周期のリズムがあった。12時間ずつの昼夜を反対にしてマウスを飼育した場合、発光リズムも逆転することから、この発光が、時計遺伝子の働きを反映していることが確認された。 通常、遺伝子の働きを調べるには、遺伝子から転写されるmRNAという分子の量を測定するが、この場合は生物を殺して、組織を取り出す必要があった。 今回の手法は、生きたまま遺伝子の働きを観察できるのが特徴で、体内時計以外にも応用が可能だという。岡村教授は「脳波や生理学的な研究とも組み合わせて、記憶など脳の働きを遺伝子レベルで探りたい」と話している。 読売新聞 2001年2月15日(木) 夕刊
神戸大で確認 全身に分布、「主時計」の脳で同調 睡眠などの生活リズムを約1日周期で刻む「体内時計」が、脳内だけでなく皮膚などの細胞にもあることを、神戸大学の岡村均教授、八木田和弘助手らのグループが動物実験で突き止めた。13日発行の米科学誌サイエンスに発表する。 ほ乳類の体内時計は、脳内の「視交叉上核」という場所にあることが知られている。ラットとマウスを使った実験で、体内時計のリズムを作り出す9種類の「時計遺伝子」が、脳内だけでなく、全身に分布する「線維芽細胞」の中でも働いていることが分かった。 時計遺伝子の一部の働きを止めたマウスは、脳内と線維芽細胞の両方で体内時計のリズムが狂うことも確認された。 岡村さんらは、体内時計は全身に広く分布していて、脳内の「主時計」がそれらを同調させている、とみている。 こうした遺伝子はヒトを含むほ乳類で共通。線維芽細胞は皮膚にもある。睡眠障害に悩む患者の皮膚を分析すれば、遺伝子の異常が原因のタイプかどうかを見分けられ、治療に役立てられそうという。 朝日新聞 2001年4月13日(金) 朝刊
神戸大グループ マウスで初確認 脳とは別 柔軟に動く仕組み? 生物の体内で自動的に時を刻み、睡眠や臓器の活動などのリズムを決める体内時計をつかさどる「時計遺伝子」が、脳細胞だけでなく皮膚や臓器の細胞の中にもあることを、神戸大医学部のグループがマウスを使った実験で世界で初めて確認した。ほ乳類では脳細胞の中にあることは分かっていたが、脳以外の細胞にも同じ機能があることを初めて証明。不眠症や時差ぼけの原因にもなる体内時計の仕組みの解明につながる研究として注目される。13日付の米科学誌「サイエンス」で発表する。 グループは岡村均教授や八木田和弘助手ら。グループは1997年にマウスの脳の視床下部から体内時計のリズムを作る時計遺伝子を発見し、遺伝子が作るたんぱく質の量が約24時間周期で変動してリズムを作っていることを解明した。しかし、脳以外の臓器のリズムが作られる仕組みは分からず、マウスで研究していた。その結果、皮膚や臓器を形作る線維芽細胞から時計遺伝子とみられる遺伝子を発見。子の遺伝子を働かないようにしたマウスでは、脳、線維芽細胞とも、たんぱく質の量を制御できなくなって体内時計が狂うことを確認した。また、その遺伝子が作るたんぱく質を解析すると、脳と全く同じ仕組みでリズムを作っていることも分かった。 岡村教授は「夜中に食事をしても胃や腸が消化活動をスムーズに始めるのは、体じゅうの時計が脳の時計とは別に柔軟に動く仕組みを持っているからではないか」と話している。 毎日新聞 2001年4月13日(金) 朝刊
神戸大学がマウス実験 脳で約24時間のリズムを刻む「体内時計」の働きが、皮膚など末端の組織にもあることを神戸大学の研究チームがマウスの細胞を使った実験で突き止めた。体内時計の仕組みはほ乳類でほぼ共通のため、人間も同様の仕組みを持つとみられる。極端な睡眠障害など体内時計の異常による病気の診断や、治療薬開発の手がかりになる。 研究は岡村均医学系研究科教授らがオランダのエラスムス大学と共同で実施、13日発行の米科学誌「サイエンス」に発表した。これまでに脳の視交叉(しこうさ)上核と呼ばれる場所に体内時計の役割の細胞が存在、細胞内では10個近い遺伝子が協調して働いていることがわかっている。 岡村教授らはマウスの皮膚にある線維芽細胞に注目。複数の遺伝子が働くパターンを時間を追って調べたところ、脳内の「時計遺伝子」と同じ動きをしていることがわかった。岡村教授は「脳の親時計が何らかの仕組みで体内の子時計を制御しているのでは」とみている。 日本経済新聞 2001年4月13日(金) 朝刊
神大・岡村教授ら発見 脳内の中枢と連動 睡眠、胃腸障害の遺伝子検査も可能に ほぼ24時間周期の体内のリズムを制御している体内時計の遺伝子が、皮膚などの組織細胞内にも存在し、脳内の「親時計」と同調して働いていることを、神戸大医学部の岡村均教授(分子脳科学)らがオランダの研究者と共同で、マウスを使って突き止め、13日発行の米科学誌サイエンスで発表した。 時計遺伝子の仕組みはほ乳類でほぼ共通するため、人にも同じ仕組みがあるとみられる。体内時計の異常で起きるとみられる睡眠障害や胃腸障害など、さまざまなリズム障害を皮膚細胞の遺伝子検査でも診断できると期待される。 ほ乳類では、左右の視神経が交叉する脳の視床下部内の視交叉(しこうさ)上核という部分で「ピリオド」や「クロック」などの複数の時計遺伝子が確認されており、ここが体内時計の中枢と考えられている。 岡村教授らはマウスの皮膚の結合組織の線維芽細胞にも、これらと同じ時計遺伝子群があることを発見。 時計遺伝子によりつくられるタンパク質が一定量を超えると、逆にその生成が抑制されるという計時の仕組みも同じで、しかも脳内の親時計と連動して働いていることを確認した。 岡村教授は「今後は、親時計が末端の時計をどのように制御しているかを明らかにするのが課題。そして時計がなぜ一つではなく末端にもあるのかについても研究したい」としている。 神戸新聞 2001年4月13日(金) 朝刊
神戸大学大学院教授 岡村均さん (おかむら・ひとし 1952年生まれ。仏留学などを経て、95年から神大教授。分子脳科学専攻。大津市在住。) 体内時計の解読に挑む 医学部の研究室には、絵がかかる。前に、DNA解析の機器、顕微鏡が並ぶ。 世界的な「体内時計」の専門家。論文は科学誌ネイチャーなどを飾る。地球上のほぼすべての生き物は約24時間周期のリズムを刻む。その遺伝子を解き明かせないか?関心はそこにある。 小さな実験室がいくつも。目につくのは、絵。壁にも天井にも。書棚には自ら描いた赤と黒の渦巻き模様の紙片。体内時計の司令塔がある脳細胞のイメージという。 20世紀の科学は、すべてを細分化して追究してきた。「今世紀はそれが統合へ向かう」。だから重要なのは部分ではなく全体のイメージ。「絵」のように。 生命のリズムの解読は、深遠な世界にある。 神戸新聞 2001年4月26日(木) 朝刊
睡眠障害の原因解明のヒントに 暑い夜に目覚めて寝付けなかったり、海外旅行から帰国すると、起床就寝のリズムが乱れる。人間の脳の中に、ほぼ24時間の周期で時を刻む遺伝子があり、実際の生活とのズレが生じるためだ。この遺伝子は、規則的に睡眠できない病気などと深く関係しているらしく、解明が進めば診断・治療法の開発に役立ちそうだ。 マウスから類推 生物時計の研究は、ショウジョウバエで長く続いていたが、1997年に一変した。神戸大学医学系研究家の岡村均教授らをはじめ、各国の研究者がマウスに時計遺伝子があることを突き止め、ほ乳類による研究が一斉に始まったからだ。マウスとヒトは共通する遺伝子が多く、マウスの成果からヒトの場合をたやすく推測できる。 時計遺伝子は、目から脳の奥へ視神経が伸び交差する「視交叉(さ)上核」という部位にある。脳の真ん中付近になり、その大きさは直系1.5_とゴマ粒程度だ。ここで約10個の遺伝子が、時計の機能を果たしている。 視交叉上核にある細胞の核で発振器役の遺伝子が働き、細胞質中にあるたんぱく質を合成する。子のたんぱく質は細胞質中で分解されるが、合成される量もどんどん増え、分解が追いつかなくなる。分解されないたんぱく質は核内に入り、発振器遺伝子のスイッチを止めてしまう。しばらくすると核内に入るたんぱく質がなくなり、再び遺伝子が働き、たんぱく質合成を始める。この周期がほぼ24時間に相当する。 この原理は藻や植物、ハエ、ほ乳類などほとんどの生物で共通。岡村教授は「20億−30億年前、地球で初めて光合成を始めた藻類、シアノバクテリアが時計遺伝子を獲得したと考えられる」と解説する。人類にもその機能が引き継がれているらしい。数十分で世代交代する大腸菌は、こんな時計を持っていない。 皮膚にも存在 脳にしかないと思われていた時計遺伝子だが、岡村教授らは最近、皮膚など体の末しょう組織にも時計遺伝子があることを突き止めた。脳の時計は常に動き、体の時計は刺激が入ったあと2−3日しか動かない。岡村教授はこれを「脳の時計をクオーツとすれば、体の各部にあるのはぜんまい時計」と例える。 なぜ、体の各部にも時計が必要なのか。脳の親時計が、末しょう組織の子時計を同調させて、何か役割を分担しているという見方があるが、確証は得られていない。 ただ、皮膚の細胞から時計遺伝子の異常を簡単に診断できるようになるかもしれない。この時計遺伝子の故障によって、睡眠を規則的に取れないようなリズム障害が起きることも分かってきた。 例えば就寝、起床時間が普通の人より早くなる睡眠相前進症候群。米ユタ大学のチームがこの症状を持つ家系を調べたところ、時計遺伝子の一つに変異があることが分かった。情報伝達物質、メラトニンが結合するたんぱく質に異常があると、睡眠のタイミングが毎日ずれていく病気になりやすいとの報告もある。 時計遺伝子からの原因究明は、治療の糸口になる。脳と皮膚の時計が関係を持っているのならば、わざわざ脳を調べなくても済むようになるだろう。 メラトニン生成 時計遺伝子が発する信号は様々なルートを通ってメラトニンを作り、メラトニンが時計遺伝子に働きかけるループ構造がある。この作用に詳しい埼玉医科大学の海老沢尚講師は「メラトニンは時計のリズムを安定にしている」と解説する。メラトニン投与で乱れていた睡眠時間を規則的にする治療結果も出てきた。いずれ時差ボケ解消薬や深夜労働者が生活リズムを調節する薬などが出現するかもしれない。 日本経済新聞 2001年7月8日(日)