洛星高等学校同窓会誌2003年
細胞の死

 私は京都大学生命科学研究科に所属している。本研究科は理学・医学・農学・薬学・ウイルス研究所などで生命科学の研究と教育を行ってきた先端的領域が融合することにより1999年に発足した。爆発的なスピードで世界的な規模で発展しつつある生命科学に対応し、新しい研究と教育を展開するために、既存の研究領域や学部の枠にとらわれない体制を構築してスタートしたのである。このような研究科で私の行っている研究を紹介し、生命科学領域においてなされている研究の一端を知っていただく機会にしたいと考え、筆をとらせていただいた。
 私の研究対象は、細胞の死である。我々の体は、様々な組織から成り立っており、また各組織は様々な細胞によって構築されている。そして、一つの受精卵(細胞)から、細胞が増えたり(増殖)、性質を変化したり(分化)することによって、我々の体が形作られるのである。一方、細胞が死ぬということは、個体の死にもつながる危険な現象であると考えられていた。しかし、最近では細胞が死ぬことが、個体の正常な形作り(発生)やいろいろな病気から我々の体を護るために必要不可欠であることが認識されてきている。例えば、手足の指の分離は、指の間に存在していた細胞が死ぬことによって実行される。また、我々の体では異常な増殖能を獲得した癌化可能な細胞が常に出現しているが、細胞死が誘導されて除かれている。細胞死が引き起こされなかった場合に癌になるのである。
 そして、細胞の死が我々の持っている遺伝子によって支配されていることが分かってきた。つまり、我々の持っている特定の遺伝子のはたらきによって、積極的に細胞に死が導かれているのである。そのような遺伝子の一つに、細胞の表面で「死になさい」という情報を受け取る受容体(アンテナ)の遺伝子があることを見つけ、研究を行っている。我々の体を作っている細胞一つ一つに、死になさいという情報を受け取るためのアンテナが存在しているのである。このアンテナの遺伝子が壊れると、癌になったり、関節リウマチや腎炎などの自己免疫疾患が発症してしまう。自らの細胞が死ぬための遺伝子やアンテナを持っていることによって、我々の体は正常に生きのびることができるのである。このような生命科学の研究は、病気の原因解明や治療に結びつくだけでなく、生命の不思議さをも感じさせ、認識させてくれる。


左:生きている細胞
右:アンテナが刺激されて死んだ細胞