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大麻の危険性

 最近よくマスコミや捜査当局から大麻について意見を求められますので、ここに1人の薬理学者としての見解を表明しておきます(2018年9月発表、2021年5月一部データ更新)。

 
 大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(以下、THC)は脳内のカンナビノイドCB1受容体を刺激することで、快楽、幻覚、鎮静、抗不安、鎮痛などの薬理作用を発揮しますが、次に掲げる10の理由で医薬品としても嗜好品としても不適切かつ不要な依存性薬物(麻薬)であり、我が国では大麻が医療用あるいは嗜好品として容認される必要も必然もまったくないと考えます。
 

<医学的要因>

1.精神依存性(耽溺性)があるため

 依存性薬物の危険性を再評価した論文 Nutt et al., Lancet 369:1047 (2007)を参考に作成した表で明らかなように、大麻は強力な麻薬である覚醒剤やヘロインよりは弱いものの、明らかな精神依存性(あるいは耽溺性)を有しており、使用が容易に常習化して、薬物を手に入れるために金銭をつぎ込んだり犯罪に走るような深刻な事態を招きます。依存性薬物は、本来ならば努力を重ねて得る報酬の快感よりも強い快感(腹側被蓋野・側坐核路のドパミン放出による)を使用者にもたらします。人間の記憶は報酬や快感で強化されると決して忘れることのない記憶として定着されますので、使用者はその快感を求めて再び大麻に手を出してしまいます。
 

 2.幻覚作用を有するため

 同じ表を見ていただくと、大麻にだけは幻覚剤を除いた他の依存性薬物にない「催幻覚」作用があります。幻覚というのは日常生活で実感することのない現象ですが、夢のように非現実空間の中に自分が置かれることであり、色彩や音への感覚から物体の大きさの認識まで様々な感覚の変調を来します。これが本人にとってはストレスからの解放や快感の一部になりますが、人とのコミュニケーションや車の運転などが必要な社会生活の中で、幻覚を起こした人物が他人にとって危険なことは明らかです。
 

3.CB1受容体は40年かけて創薬標的としては不適切と判断されているため

 1964年に大麻有効成分としてTHCが発見されてから、医薬品への応用はほぼ全世界の製薬企業によって試みられてきました。しかしTHCの体内作用点であるCB1受容体が Matsuda et al., Nature 346:561 (1990)によって報告されてから研究が進むにつれ、いかなる化学誘導体も依存性や幻覚の問題を回避できないことが明らかになり、未だに合成カンナビノイドは医薬品として1つも承認されていません。ところが、一連の合成研究を知った犯罪者が合成カンナビノイドを密造・販売することによって2012年より我が国でも社会問題化した脱法ハーブ(後に危険ドラッグ)が蔓延しました。大麻が医薬品として不適切なのは、同じ作用点をもつ合成カンナビノイドによる多数の事故や事件の報道で皆さんが目にした人間での薬理作用を見れば明らかです。その顛末については私自身の経験を記録した総説を世界に向けて発信しました( Forensic Toxicol. 35:244, 2017)。
 

4.常習的な使用によって脳の萎縮が起こり認知症リスクが高まるため

 大麻の常習的あるいは長期使用による精神の変調に関する研究は多数ありますが、 Battistella et al., Neuropsychopharmacology 39:2041 (2014)で示されているように脳の一部が萎縮することによって、無感動や認知症の原因となると考えられています。CB1受容体は、実は人間の脳の中で最も豊富に存在する受容体タンパク質の1つであり、薬物摂取によるCB1受容体の人工的かつ慢性的な刺激は、未知の事象も含めて多くの有害な変化を不可逆的な形で脳に来すことが想像されます。
 

5.受動喫煙による他人への健康被害が避けられないため

 タバコ喫煙の場合と同様に、大麻の喫煙による使用は受動喫煙による周囲の人のTHC摂取を招きます。この危険性についてはBerthet et al., Forens. Sci. Int. 269:97 (2016)などの総説によって明らかです。胎児脳の発達に対するTHCの悪影響も多数の動物実験で明らかになっており、妊婦の直接喫煙はもちろん、受動喫煙も危険であることに注意が必要です。
 

<社会的要因>

6.向精神作用に起因する犯罪が増加するため

 大麻の作用は幻覚を除けばアルコールと良く似た中枢抑制作用です。しかし、幻覚作用は認知・判断能力を変調させる結果、違法あるいは反社会的な行動をとる危険性が増します。それが薬物による責任能力の喪失と判断されてしまうと、処罰することも難しくなります。そういった薬物を社会として認めることは、様々な事件・事故の増加による悲劇をもたらします。
 

7.使用によって交通事故を起こすリスクが高まるため

 大麻の摂取が自動車運転に与える影響については、Papafotion et al., Psychopharmacology 180:107 (2005)など多数の研究から危険性が実証されています。その危険性はアルコール(酒酔い運転)の場合とよく似ていますが、アルコールと異なり運転者の大麻使用は見かけ上、他人から気づかれづらく、科学的に立証することも次の項で述べる理由から極めて困難です。そのため多くの交通事故被害者が泣き寝入りを余儀なくされる事態が想定されます。
 

8.関与が疑われる事故や犯罪において、鑑定が難しいため

 THCは極めて微量で有効性を発揮するため、体内からのTHCの検出は困難を伴います。血液の高感度分析が事故や犯罪への関与を推定する最も有効な手段ですが、欧米とは異なり日本では、事故の原因解明に容疑者から血液採取を行うためには裁判所の令状が必要となるため、早急に血液を採取して立証に持ち込めないと1日以内には体内から消失してしまいます。こうして大麻使用の影響下にある事故や犯罪は簡単に物証をつかめず、ほとんど見逃されてしまうことでしょう。
 

9.より強力な依存性薬物へのゲートウェイ(入口)となるため

 大麻は熱帯圏にある途上国で大量に栽培できるので安価に流通しており、使用も喫煙という(覚醒剤の注射やあぶりに比べて)心理的にハードルが低い形態をとるため、低年齢層に対して最初のエントリードラッグとして悪用されます。いったん大麻を覚えてしまうと、大麻を手放せなくなることはもちろん、より強い快感や陶酔感を求めて使用者は覚醒剤などの悲惨な結果をもたらす高価な依存性薬物に手を出してしまいます。それが大麻を売る側の常套手段です。ゲートウェイ効果については議論もありますが、ヒト双子での研究 Agrawal et al. Phychol. Med. 34:1227 (2004)でも実験動物においても多数確認されています。
 

10.大麻の売買による資金が武器や兵器に流れるため

 人類の長い歴史を俯瞰してみると、麻薬の裏には必ず戦争や争いがあるという表裏一体の関係性が見えてきます。麻薬の国際的な製造販売は大金を集められる手軽な商売ですので、麻薬で金を得た者は必ず利権争いを起こしますし、それが国や反社会勢力であれば戦争やテロに直接的に繋がります。日本の大学に来る途上国の留学生への「なぜ日本を選んだか」という問いに対して「日本は先進国の中で最も薬物汚染のない国だから」という答えをしばしば聞き、誇りに思います。その期待を皆さんは裏切りたいですか?
  

<よくある質問FAQ>

1.医療用大麻を認めている先進国があるのに、なぜ日本では認めないのか?

 医療用大麻の薬効(鎮痛、抗不安、抗けいれん、食欲増進など)はいずれも対症療法であり、原疾患の根本的な治療法ではありません。対症療法薬としては同等なあるいはより副作用の少ない新薬が多数ありますので、大麻を使うのは単に合成薬に比べてコストが安かったり、低所得者層に向けた次善策であることがほとんどです。さらに、医療用大麻の解禁は、一般社会への大麻の蔓延を招く最大の要因であることも専門家の間ではよく知られている事実です(医療関係者自体の乱用、不正な処方、違法な横流しなどによる)。
 

2.娯楽目的でも大麻を認めている先進国があるのに、なぜ日本ではダメなのか?

 大麻を嗜好品と見なして流通を当局がコントロールすることで、より破滅的な麻薬の蔓延に対策を講じたり、反社会的勢力への資金の供給を減らしたりする目的で税金を徴収しようと決断した政府があります。これらの国や州では麻薬の生涯経験率が3-4割と非常に高く(日本は1-2%)、医療や警察に費やすコストを減らすために仕方なく大麻を解禁しているという事情があります。実際、アメリカ東海岸で最初に嗜好用大麻を認めたワシントンDCでも、おおっぴらに大麻を売る店は1つもなく、決して社会の大多数から容認されているわけではない、というのが現地で見聞してきた私の印象です。個人の権利として合法化を叫ぶ一般市民がいる一方で、その議論では他人への悪影響が考慮されていませんので、社会的な見地からも冷静かつ慎重な議論が必要と思います。
 

3.大麻成分のカンナビジオールが医療用に認められているではないか?

 カンナビジオールは大麻成分ですが、CB1受容体に対する刺激作用はまったくありません。したがって精神依存性もなく、安全性は規制当局によって確認されています。THCとはまったく体内互換性のない別の植物成分ですので、同一に論じるのは科学的に間違っています。同様に、主として免疫系に発現するカンナビノイドCB2受容体を標的とした創薬は現在でも世界中の大学や製薬企業によって行われています。大麻に含有されている成分がすべて悪いのではありません。
 

4.なぜ大麻に使用罪がないのか?

 これは大麻草がアサ繊維を採るための栽培植物であり、かつ特定の祭事にも使われてきた日本の歴史的な背景があることによると言われています。さらに大麻には生理活性をもつ成分が60種類近く含まれており、かつ例えばインドと日本では同じ大麻草でも品種が異なるために含有成分も異なることから、それらのどれが大麻に特異的なものかはTHC以外よくわかっていないという鑑定の困難さもあったものと思います。ただ合成カンナビノイドの流行以降、各都道府県の科捜研に高感度分析装置が行き届いて超微量成分の科学的同定が可能になっていますので、THCに限定して使用罪を立法したほうが良いのではないか、というのが私の考えです。アメリカで大麻を認めている州も、自動車運転に関しては血中濃度の閾値を設けて罰則を適用しています。
 

5.大麻はタバコより害が少ないのではないか?

 大麻の有害性とタバコの有害性に強弱をつける意味がわかりません。精神依存の形成能という観点に限定すれば、タバコに含まれるニコチンのほうが強力であることは確かに知られています。しかし、大麻の有害性は上述したように精神興奮性成分を含むタバコとは次元の異なる中枢抑制や幻覚作用に基づいたものであり、それらによる悪影響はタバコには見られません。また長期使用による弊害はどちらも健康を害するという意味では深刻な害であり、大麻もタバコも手を出すべきではありません。