《海外便り》

日本薬理学雑誌 第117巻 第1号 2001年「海外便り」に掲載されました。



 文部省在外研究員として、私は University of Pennsylvania (PENN) School of Medicine, Department of Pharmacology に2000年6月末より1年の予定で滞在しています。 PENN のあるフィラデルフィア(右写真)は、New YorkとWashington DC のちょうど中間に位置し(右地図)、どちらにも車で2時間程度、Amtrak なら1時間強という距離です。
 フィラデルフィアは米国で最も古い街の一つであり、独立宣言が採択された街として、ハイシーズンには米国中から観光客が訪れます。気候は夏は蒸し暑く、冬は寒いと言われ、どこか日本の気候と似たところもあります。実際、夏はしばしば激しい夕立に見舞われます。PENNの創始者、Benjamin Franklin が雷の実験を行ったのは、フィラデルフィアのこの気候があってこそだったとも言われています。
 PENN は米国で最も古い大学であり、医学部も米国で最初に(1765年)設立されました。19世紀後半に PENN は center city から現在の西フィラデルフィア地区に移転しますが、移転当初に建てられた College Hall(右写真)や Logan Hall は、現在も歴史的建築として保存され、キャンパスの中心的存在です。とくに Logan Hall は今からちょうど100年前(1900年)、かの野口英世先生が Simon Flexner 博士(Pathology、右写真)の助手として赴任された場所であり、日本人にとっては特別の意味を持ちます。

 キャンパスには付属病院、ratの名前でも知られる Wistar Institute、Children's Hospital of Philadelphia などの Medical 関連部局の他、白川氏と共にノーベル賞に輝いた Prof. MacDiarmid を擁する School of Arts & Sciences、経済学で有名な Wharton School などの学部も隣接し、多くの学生達であふれています。
 私が所属している Department of Pharmacology (Chairman;Garret FitzGerald)は、最も古い John Morgan Building(右写真)にあるラボ群と、関連部門として、最も新しい建物にある The Center for Experimental Therapeutics を有し、50名を超える Professor 陣を抱える大所帯となっています。研究内容も、(1) Neuropharmacology (2) Cancer Pharmacology(3) Cardiovascular Pharmacology、(4) Pharmacogenetics (5) Pharmacological Chemistry、と多岐に渡っています。とくに(5)の分野では、Structural Biology のエキスパート達が結晶解析や構造活性相関の解析を実践しており、薬理学の分野に Medicinal Chemistry の幅を持たせています。

 これだけの大所帯ですが、行事も多く、夏の屋外でのBBQ party、9月の新入生のためのWelcome Seminar があったり、また10月に郊外の college で行われる研修会はGordon Conferences のような雰囲気です。従ってラボ間の風通しが非常に良く、Pharmacology 内はもちろん、臨床や他大学との交流も盛んで、私にはまるで21世紀の New Drug Development を見据えた製薬企業のように映ります。
 さて、私が直接お世話になっている Professor James Eberwine の仕事は、上述の(4)に分類され、疾患や薬物投与によって個々の Neuron の遺伝子発現がどう変化するかを解析するとともに、神経細胞死や記憶形成に重要な候補因子を検索するという先駆的な研究を行っています。ポストゲノム時代の、遺伝子から機能の解析へと展開する際にこのような解析は必ずや有力なツールとなるに違いありません。実際、米国内でも彼のアプローチは脚光を浴びているようで、毎週のように共同研究者が来訪しており、彼らと話をするだけでも非常に良い刺激になります。

 Chairman の Garret が、Pharmacology 内で発行している News Letter(写真右) に興味深いエッセイを書いていました。
「経済や文化に関して Globalization という言葉がしばしば用いられるが、ポストゲノム時代には科学者も、狭い専門領域を超えてものを考える Globalization が必要になるだろう。しかしそういう時代になっても、研究者にとって必要なことは、熟練と信念に基づいて疑問を追求する姿勢である」

 
彼の言葉は、来る新世紀に向けて薬理学研究のあるべき姿を教えているように感じられました。