X線自由電子レーザー

X線自由電子レーザーを用いたタンパク質結晶学研究

X線結晶構造解析は、精密な分子構造を決定できる最も優れた方法であるが、以下のような欠点があります。 まず、1)適切な結晶がなければ実行できないという深刻な欠点があげられます。 また、2)解析から得られる立体構造は、いわゆる静止状態の構造であるため、溶液状態で作用している動く状態のタンパク質の姿を反映していません。 さらに、3)X線照射による結晶の損傷と熱振動による測定データの悪化を抑えるために、液体窒素温度に冷やして測定を行うため、得られた構造が常温とは異なる可能性があります。

 最近、この問題を打開すると期待される新たな技術革新が起きました。 2010年、米国LCLS (Linac Coherent Light Source at Stanford University ; https://lcls.slac.stanford.edu)でX線自由電子レーザー(X-ray free electron laser; XFEL)の使用が可能となり、我が国でも、2012年に世界で2番目の施設としてSACLA (SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser; http://xfel.riken.jp/sacla/index00.html) が利用可能となったことです。 これらXFELは、例えばSACLAはSPring-8の10億倍輝度という桁違いに高輝度でコヒーレントなフェムト秒パルスX線を発生します。 このXFELを用いれば、これまで不可能だったマイクロメートル以下のサイズの微小な結晶でも解析が可能となり、しかも測定時間がフェムト秒に短縮されることで、寿命の短い状態の立体構造を常温で捉えることができ、動作中のタンパク質の動きを原子レベルで解析することが可能となると考えられるからです。 XFELでは非常に面白い現象が起こります。すなわち、XFELの高エネルギーX線が衝突すると結晶が破壊されますが、その破壊過程の時間はナノ秒程度かかるため、X線回折測定を破壊前に終了できてしまうのです。これを「diffraction before destruction concept」( Science, 316, 1444, (2007))といい、無損傷の回折強度データの収集が室温で可能になると期待されます。 その結果、微結晶混合液を流した状態にフェムト秒パルスX線を連続的に照射して測定する「serial femto-second X-ray crystallography (SFX)」がlysozyme微結晶で実現しました( Nature, 505, 244, (2014)。 

 我々は、SFXをSACLAの特徴を生かして改良応用し、構造未知の酵素の立体構造決定に世界で初めて成功しました(8)。 実際に得られた電子密度図は、従来法(単一結晶を用い液体窒素温度で測定)で得られた場合に比べ遥かに鮮明です。

 さらに我々は、構造変化がメカニズム研究の鍵となるABCトランスポーターを測定対象にSFXを用いて解析する研究に取り組んでいます。[図3] これによって、動作の仕組みが原子レベルで解明できると期待しています。

図3 Science, 342, 1521, (2013) より一部改変
  • (8) Yamashita, K., Pan, D., Okuda, T., Sugahar,a M., Kodan, A., Yamaguchi, T., Murai, T., Gomi, K., Kajiyama, N., Mizohata, E., Suzuki, M., Nango, E., Tono, K., Joti, Y., Kameshima, T., Park, J., Song, C., Hatsui, T., Yabashi, M., Iwata, S., Kato, H., Ago, H., Yamamoto, M., Nakatsu, T. (2015) An isomorphous replacement method for efficient de novo phasing for serial femtosecond crystallography., Sci, Rep., 5, 14017.