RNA干渉を利用した疾患治療システムの開発

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【研究背景】

 バイオテクノロジーの進歩やヒトゲノム計画の完了などを背景に、近年種々の疾患の原因遺伝子が特定されてきました。これにより、従来の方法では治療が困難であった難治性疾患に対しても疾患原因遺伝子の発現を抑制することで根治療法となりえるのではないかと期待されています。これまでにもアンチセンス法に代表される従来の遺伝子発現抑制法を利用した試みが行われてきましたが、その抑制効率が低いことから治療手段としての適用は困難でした。

 RNA干渉(RNA interference)は短い2本鎖RNAsiRNA)がその塩基配列特異的に標的mRNAを分解し、その遺伝子発現を抑制する現象です。RNA干渉による遺伝子発現抑制効果は配列特異性が非常に高く、標的配列とsiRNAとの間で1塩基でもミスマッチがあると抑制効果を示さないことから、標的以外の遺伝子発現にはほとんど影響しません。また従来のアンチセンス法などと比較してその遺伝子発現抑制効果は非常に強力であり、アンチセンス法において用いられる有効濃度の約10001の濃度のsiRNAで遺伝子発現を抑制可能です。以上の特徴からRNA干渉は非常に優れた分子標的治療法となるものと考えられ、その治療手段としての適用に関して盛んに研究が行なわれています。RNA干渉の誘導には、siRNAに加えて、細胞内でsiRNAを発現するplasmid DNApDNA)などのベクターが利用可能であり、目的や標的に応じて選択することもできます。RNA干渉による遺伝子発現抑制効果はsiRNAが存在する細胞に限局されることから、標的となる細胞へsiRNAsiRNA発現pDNAをデリバリーする必要があります。しかしながら、これらの化合物はいずれも生体膜透過性に乏しいために標的細胞内へのデリバリー効率が低く、これがRNA干渉を利用した疾患治療システムの開発における大きな障壁となっています。

 

【研究成果】

 私たちは、RNA干渉による疾患治療の実現を目的に、これまで明らかでなかった個体レベルでのRNA干渉誘導について検討を行いました。レポーター遺伝子を体外から導入し、これを標的とするsiRNA発現pDNAを投与することにより、マウスでのRNA干渉を評価した結果、肝臓や腎臓、筋肉などにおいて効率的にRNA干渉による遺伝子発現抑制が可能であることを明らかにしました1)。また、内因性のモデル標的としてP-糖タンパク質を選択し、その肝臓での遺伝子発現をsiRNAあるいはsiRNA発現pDNAを投与することで有意に抑制可能であることも報告しています2)。こうした肝臓を標的とした検討においては、大容量のpDNA水溶液を急速に静脈内投与するハイドロダイナミクス法(「核酸医薬品」の項を参照)を利用することで、非常に効率的なデリバリーおよび遺伝子発現の抑制に成功しています。

 RNA干渉による治療の実現が期待される疾患として癌が挙げられます。RNA干渉を用いて、癌細胞の増殖・転移等に関係した遺伝子の発現を特異的に抑制することができれば、副作用の少ない新規分子標的癌治療法となりえると考えられます。効率的なRNA干渉の誘導には、癌細胞内でのRNA干渉効果を定量的に評価することが必要となります。私たちは、2種類のルシフェラーゼ遺伝子を安定に発現する癌細胞株(B16/dual Luc)を樹立することで、癌細胞内でのRNA干渉効果を簡便かつ定量的に評価可能なシステムを構築しました3)siRNAおよびそのベクターのin vivoにおけるデリバリー法の最適化検討に樹立した細胞を利用し、癌細胞内でのRNA干渉誘導をルシフェラーゼアッセイにより簡便かつ定量的に評価することを可能にしました。これにより、腫瘍組織にsiRNAまたはsiRNA発現pDNA水溶液を注入した後電気パルスを加える(エレクトロポレーション法)ことで、癌細胞の遺伝子発現を高効率に抑制可能であることを見出しました。さらに、この最適化した投与方法を用いて、b-cateninhypoxia inducible factor 1αHIF1α)などの癌細胞増殖等に関連する遺伝子を標的とするsiRNA発現pDNAを投与することで、マウス皮下腫瘍の増殖を強力に抑制可能であることを明らかとしています4)

 また、転移癌に対する適用に関しても検討を進めています。転移癌は原発腫瘍と比較して広範囲に癌細胞が分布するため癌細胞への薬物デリバリーが困難です。私たちの検討においても、原発腫瘍中の癌細胞と比較して、肝臓中に散在する転移性癌細胞でのRNA干渉誘導は効率が低いことが明らかとなっています。一方、癌転移過程においては癌細胞に影響を受けることで、周辺の正常細胞においても癌細胞の増殖・転移を促進する遺伝子の発現が亢進すること、また転移先臓器で低酸素状態が誘導されることが報告されています。そこで、癌転移過程において癌細胞だけでなく周辺の正常細胞でも発現が亢進し、癌細胞の増殖・転移に関係した遺伝子の転写を亢進するHIF1αRNA干渉の標的として選択しました。門脈より癌細胞を移植することで肝臓の正常細胞においてHIF1αの発現が亢進することを見出すとともに、ハイドロダイナミクス法を利用してHIF1αに対するsiRNA発現pDNAを投与することで癌細胞の肝転移を強力に抑制することに成功しています5)

 また、RNA干渉による疾患治療の最適化を目的として、RNA干渉による遺伝子発現抑制効果の評価方法の開発も行なっています。一般に、RNA干渉による遺伝子発現抑制効果は、ある時点での最大抑制率を指標に評価されることが多いのが現状ですが、その抑制効果は一過性であることから「治療効果」の観点からは抑制強度だけでなく抑制時間も重要です。私たちは薬物速度論解析で用いられるモーメント解析を、遺伝子発現抑制効果の経時変化データに当てはめることで、遺伝子発現抑制効果の強度および持続時間の指標として、AUCIEおよびMRTIERNA干渉効果の新たな指標として提唱しました。これにより、濃度依存的なsiRNAの遺伝子発現抑制効果について、AUCIEおよびMRTIEを用いて定量的に評価することに成功しています6) 

 以上のようにRNA干渉を利用した癌治療システムの開発を目的として、siRNAのデリバリー、標的細胞・遺伝子の選択、遺伝子発現抑制プロファイルの解析などの項目について検討を行なってきました。今後は、得られた情報をもとにした癌治療システムの最適化、RNA干渉を利用した癌以外の疾患(腎炎・アレルギー疾患等)に対する治療システムの開発、および当研究室において研究されてきた遺伝子治療とRNA干渉を組み合わせた新規疾患治療システムの開発について検討を進める予定です。

【参考文献】

1.             Vector-based In Vivo RNA Interference : Dose- and Time- Dependent Suppression of Transgene Expression
Naoki Kobayashi, Yumi Matsui, Atsushi Kawase, Kazuhiro Hirata, Makoto Miyagishi, Makiya Nishikawa and Yoshinobu Takakura
J Pharmacol Exp Ther.2004, Feb;308 (2):688-93. Abstract (PubMed)  

2.             Sequence-specific suppression of mdr1a/1b expression in mice via RNA interference
Yumi Matsui, Naoki Kobayashi, Makiya Nishikawa and Yoshinobu Takakura
Pharm Res. 2005 Dec;22 (12):2091-8. Abstract (PubMed)

3.             Gene Silencing in primary and metastatic tumors bby small interfering RNA delivery in mice: quantitative analysis using melanoma cells expressing firefly and sea pansy luciferases
Yuki Takahashi, Makiya Nishikawa, Naoki Kobayashi and Yoshinobu Takakura
J Control Release. 2005 Jul 20;105 (3):332-43. Abstract (PubMed)

4.             Suppression of tumor growth by intratumoral injection of short hairpin RNA-expressing plasmid DNA targeting beta-catenin or hypoxia-inducible factor 1alpha
Yuki Takahashi, Makiya Nishikawa and Yoshinobu Takakura
J Control Release. 2006 Nov 10;116 (1):90-5. Abstract (PubMed)

5.             Inhibition of hepatic metastasis of colon cancer cells by RNA interference-mediated suppression of HIF-1α expression in tumor cells and hepatocytes
Yuki Takahashi, Makiya Nishikawa and Yoshinobu Takakura
Submitted

6.             Moment analysis for kinetics of gene silencing by RNA interference
Yuki Takahashi, Kiyoshi Yamaoka, Makiya Nishikawa and Yoshinobu Takakura
Biotechnol Bioeng. 2006 Mar 5;93 (4):816-9. Abstract (PubMed)