《FP 受容体欠損マウスの解析

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1) 分娩誘導におけるプロスタグランジン F2 alpha の役割

 プロスタグランジン (PG) は多彩な生体作用を持ち、発熱や痛覚修飾といった病態下における役割がよく知られています。このことは、アスピリンやインドメタシンの様な非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) の抗炎症作用が PG 合成の律速酵素であるシクロオキシゲナーゼ (COX) の阻害を作用機序とすることからも理解できます。その一方で、PG は排卵や分娩をはじめとする雌性の生殖生理過程を媒介する重要な因子であることも古くから指摘されています。中でも、(1) 分娩時の子宮では PGF2 alpha や PGE2 が大量に産生されること、(2) NSAIDs が分娩遅延の副作用を持つこと等から、PG が生体内で分娩誘導に何らかの重要な役割を持っていると考えられていました。しかし、生体内で分娩時においてどの種類の PG がどのような役割を持つことで分娩誘導に貢献するのかについてはほとんど不明でした。
 そこで 私達は、まずPG の中でも卵巣黄体の退縮や子宮収縮といった生殖系に主な作用が推定されている PGF2 alpha、及びその FP 受容体のシステムに着目しました。そして、FP 受容体を遺伝的に欠損させて PGF2 alpha が機能できないようなマウス(FP 欠損マウス)を作製しました。すると、この FP 欠損マウスでは妊娠はできるものの、卵巣ホルモンの分泌異常により胎仔を分娩できないことが分かりました。通常、マウス等多くの動物種においては、妊娠期間中には卵巣の黄体が成熟して卵巣ホルモンであるプロゲステロンを大量に産生して妊娠状態が維持され、分娩時には黄体が退縮してプロゲステロンが産生されなくなり、これが妊娠子宮に分娩開始シグナルとして伝えられます。ところが、この FP 欠損マウスでは分娩の時期になっても黄体が退縮せずにプロゲステロンの産生を続け、その結果、分娩が起こっていないことが明らかになったのです(Fig. 1)。卵巣の黄体には FP 受容体遺伝子が大量に発現しており、外因性に投与した PGF2 alpha には黄体退縮作用があることから、私達は PGF2 alpha と FP 受容体のシステムが実際に生体内で黄体退縮作用を介してマウスの分娩誘導に必須の役割を果たしていると結論しました(Fig. 2)(文献1)。
 なお、FP 欠損マウスの卵巣を分娩予定日前日に切除してプロゲステロンの血清濃度を低下させることで分娩を回復できたことから、子宮のレベルでは FP 欠損マウスに異常はないと考えられました。

Fig.1

Fig.2
2) 分娩期子宮におけるシクロオキシゲナーゼの発現制御とその生理的役割

 上記1) ではPGF2 alpha が分娩誘導過程において黄体退縮に必須の役割を果たすことが明らかとなりました。しかし、PGF2 alpha や PGE2 は強い子宮収縮作用を持つことから、分娩時に子宮内で大量に産生されるこれらの PG が分娩時の子宮収縮にも重要な役割を持っていることが推察されます。では、これらの PG はどのような産生制御を受けるのでしょうか?私達はFP 欠損マウスの PG 合成酵素の動態を解析することで、これらの子宮収縮性の PG の産生制御機構の検討を行いました。
  PG 合成の律速酵素シクロオキシゲナーゼには COX-1 と COX-2 という 2 つのアイソザイムが存在します。ノザンブロット解析の結果、野生型マウスでは COX-2 の遺伝子発現は妊娠 17 日目までの子宮では低レベルですが、20 日目の分娩時に劇的に誘導されることが分かりました(Fig. 3)。また、in situ ハイブリダイゼーション解析と免疫組織染色により、COX-2 の誘導は子宮の内輪筋層で起こることも判りました(Fig. 4)。これに対し、FP 欠損マウスの妊娠 20 日目では、P4 血清濃度の亢進による分娩の欠失に伴い(Fig. 1)、このような発現誘導は全く見られませんでした。しかし、妊娠 19 日目に卵巣切除を行うことで P4 血清濃度を低下させて FP 欠損マウスに分娩を誘導すると、COX-2 遺伝子の発現誘導は再び回復しました(Fig. 3)。また、卵巣切除と同時に P4 の投与を行うと、この発現誘導は分娩遅延に伴い完全に消失しました。すなわち、P4 の低下による COX-2 の筋層での発現誘導は分娩の有無によく一致し、このアイソザイムが子宮収縮を行う PG の産生に関わることが推察されました(Fig. 5)(文献2)。一方、COX-1 遺伝子は主として管腔上皮に発現していますが、妊娠 20 日目の分娩時には減少し、COX-2 とは全く異なる動態を示すことが分かりました。

Fig.3
Fig.4

Fig.5

考察
 分娩誘導は非常に複雑な生理過程ですが、その機構には未解明の部分が多くあります。実際の臨床において、分娩誘導の異常により起こる早産は新生児死亡の主要な原因であり、早産を安全かつ有効に防止できる薬物の開発のためにも、複雑な分娩誘導機構の理解・解明が望まれています。私達は、生殖生理に重要な役割を持つ PG 類の受容体欠損マウスの解析を通じてこれらの社会的要請に応えようとしてきました(文献3)。
 これまでに外因性に投与した PGF2 alpha が黄体退縮作用を持ち、また黄体に FP 受容体が発現していることから、生体内でも PGF2 alpha が黄体退縮に関与することが示唆されてきました。今回、FP 欠損マウスが分娩不全の表現型を示し、この分娩不全には血清 P4 の低下不全が伴うことが明らかとなりました。FP 欠損マウスの卵巣切除により血清 P4 の低下を引き起こすと分娩が回復したことから、生体内で PGF2 alpha が妊娠黄体の退縮を介してマウス分娩誘導の引き金となっていると結論されました。しかし、FP 欠損マウスでも妊娠が可能であったことから、マウスの通常性周期における黄体退縮には PGF2 alpha は必須ではなく、他の因子により代償が可能であると考えられました。
 分娩生理における PG の作用として最もよく知られているのは子宮平滑筋に対する直接収縮作用です。PGF2 alpha や PGE2 は分娩時の子宮内で大量に産生され、かつ NSAIDs が分娩遅延作用を持つことからも、これらの PG が分娩時において生理的な子宮収縮因子として働いていることが推測されています。しかし、FP 欠損マウスでも卵巣切除により分娩を誘導することができ、また PGE2 受容体サブタイプ EP1 から EP4 までを含む他のどの PG 受容体欠損マウスも分娩障害を起こさないことから、どの PG 受容体も分娩時の子宮収縮に必須ではなく、恐らく互いに代償が可能と考えられました。また、COX-2 の強い発現が野生型マウスや卵巣切除を受けた FP 欠損マウスの分娩時の子宮筋層で見られるのに対して、分娩が見られない同時期の FP 欠損マウスではこのような発現は見られないことから、これらの子宮収縮を行う PG は COX-2 により産生されることが示唆されました。ヒトにおいては、分娩時の COX-2 発現は主に絨毛膜や羊膜で報告されていますが、帝王切開時に比べて自然分娩時に高発現が認められ、やはり子宮収縮を担う PG は COX-2 を介して産生される可能性が高いことを示しています。なお、COX-2 欠損マウスは不妊であり、妊娠後期まで至らないため分娩の解析は不可能です。COX-1 と COX-2 両者の阻害剤である NSAIDs は分娩遅延作用を持つものの、早産防止薬としての臨床応用は胎児動脈管への致命的な副作用のため危険を伴います。マウスでは胎仔動脈管への影響は COX-1 と COX-2 のダブルノックアウトマウスで初めて顕著に出現することを考慮すると、COX-2 選択的阻害剤が胎児動脈管への副作用のない早産防止薬として応用できる可能性があります。実際に、LPS 投与による早産モデルマウスにおいて COX-2 選択的阻害剤が分娩遅延効果を持つとする報告があり、臨床レベルでも早産が COX-2 選択的阻害剤により予防できた可能性を示す症例があります。しかし、マウスの自然分娩に対してCOX-2 選択的阻害剤は高用量でしか有効でないとする報告もあり、さらなる検討が必要と考えています。
文献
1. Sugimoto, Y. et al. (1997) Science. 277, 681-683
2. Tsuboi, K. et al. (2000) Endocrinology. 141, 315-324
3. 坪井一人ら (2001) 日本薬理学雑誌. 117, 267-273