TOP>融合研究コース 平成17年度 研究報告
 

光による機能分子イメージングのための
プローブの開発

病態機能分析学学分野  相田 一樹

研 究 指 導 主 任 : 病態機能分析学分野 教授 佐治 英郎

研究指導協力者 : 薬品機能解析学分野 教授 松崎 勝巳

研究内容

研究背景・目的

 In vivo における代表的な機能分子イメージング法としては核医学断層撮像法(positron emission tomography(PET),single photon emission computed tomography(SPECT))が挙げられる。
PET,SPECTは、放射性標識化合物と生体機能分子との相互作用を非侵襲的にリアルタイムで測定できる点で大変優れているが、被爆の危険性や空間解像度が低い等の問題点を有している。一方、蛍光分析法は空間・時間解像度が著しく高く、安全で操作的にも簡便なものが多いため非常に有用であるが、汎用されている可視光領域の蛍光は生体透過性が悪いため、in vivo での機能分子イメージングは不可能であった。そこで、生体透過性の高い近赤外領域に蛍光を有するランタニ錯体に着目し、近赤外光を用いた in vivo での機能分子イメージングを可能とするプローブの開発を計画した。さらに、発光波長制御やスイッチングなどの技術を融合することで、生体内においてターゲット特異的に蛍光特性を変化させ、機能分子イメージングの際に問題となるバックグラウンドを極限まで低減することを目的とした。

設計

 本研究では、機能認識型近赤外蛍光プローブに必要な各種機能を有する分子部品をそれぞれ合成し、各部品を組み合わせることとした。すなわち、ランタニド錯体を基本構造とした発光部、発光部へエネルギーを供給するエネルギー供給部、ターゲットへ高選択的に作用しプローブの蛍光特性を変化させるターゲット認識部、を機能部品とする。具体的には、ランタニド錯体の配位子には生体内での安定性を考慮してDOTAを用いることとした。ランタニド錯体は配位子による蛍光波長の変動がほとんど無く、特有の長い蛍光寿命を利用した時間分解蛍光測定法を用いることにより、周囲の有機分子由来の蛍光によるバックグラウンドを無視できる等の利点を持ち合わせていることからも発光部としては最適である。さらに、エネルギー供給部としては、詳細に研究がなされている fluorescein を採用して、fluorescein よりランタニドへのエネルギー移動過程を経て近赤外領域の蛍光を発するプローブを開発することとした。ターゲット認識部は、fluorescein からランタニドへのエネルギー移動を阻害するクエンチャー部と、ターゲット分子(酵素・タンパク質)により切断・伸展などの構造変化を起こすリンカー部から構成し、ターゲット分子との相互作用によりクエンチャー部を発光中心から物理的に遠ざけることによりプローブの蛍光特性を変化させることとした。

方法

本研究は、以下に述べる段階に分けて展開する。

  1. fluorescein とDOTAをアミノ結合またはエステル結合を介して接続し、ランタニドイオンと作用させて発光中心部を合成する。得られて化合物は、NMR、元素分析等の手法により生成を確認する。さらに、蛍光分光光度計を用いて、fluorescein を励起することにより、ランタニド由来の近赤外領域の蛍光が検出されていることを確かめる。また、種々のpHの水溶液、溶媒を用いて発光中心部の化学的安定性について検討する。
  2. 培養細胞を用いて、in vivo における発光中心部の生物学的安定性と蛍光特性について、蛍光分光光度計および蛍光顕微鏡により解析するとともに、細胞毒性や細胞内局在についても検討する。さらに、ラット・マウスを用いて、in vivo における安定性と体内動態についての検討を行う。これらの情報を統合してプローブの有効性について考察する。
  3. ターゲット認識部と発光中心部を接続して機能認識型近赤外蛍光プローブを合成する。得られたプローブはNMR等を用いて生成を確認した後、蛍光分光光度計を用いて通常状態での蛍光消光と、ターゲット分子との相互作用による蛍光再生を確認する。さらに、ターゲット分子発現細胞、モデル動物を用いて親和性、安定性、体内動態、蛍光特性の変化について検討を行い、本プローブの有用性を示す。


要点の内@からBに焦点を絞り、まず長い蛍光寿命と大きなストークスシフトの観点から、蛍光体としてランタニドイオンに着目しました。ランタニドイオンはランタン及び4f 元素群に属する15元素のイオンを指し、中でもネオジム、ユウロピウム、テルビウム、エルビウム等は良好な蛍光体として知られています。ランタニド由来の蛍光の特徴としては、長い蛍光寿命と大きなストークスシフトを持っていること、その蛍光波長は周囲の環境に依存せず、シャープなスペクトル形状を有していることなどが挙げられます。下には、各イオンの代表的な蛍光波長の範囲を示していますが、その中から近赤外領域に蛍光を有しているネオジムを発光中心として選択しました。


中間体はNMRにより生成を確認し、最終生成物である4AMF-DOTA(Nd) はMS スペクトルが質量数・同位体存在比共に理論値とよく一致したため、目的成分が生成していることを確認しました。


合成した4AMF-DOTA(Nd) の蛍光スペクトルを測定しました。pH 8 の条件下fluorescein 部の励起波長と一致する488 nm の光で励起したところ配位子の4AMF-DOTA には見られないピークが870, 900 nm 付近に観測されました。この波長はNd に特徴的な蛍光波長とよく一致するため、4AMF-DOTA(Nd) はNd 由来の蛍光を発することが示唆されました。また、Nd イオン、DOTA(Nd) 錯体を十倍の濃度で同条件下測定しても蛍光が観測されなかったこと、4AMF-DOTA のfluorescein 部の励起スペクトルと4AMF-DOTA(Nd) のNd の励起スペクトルの形状がよく一致していることから4AMFDOTA(Nd) はfluorescein 部よりNd へのエネルギー移動を経てNd 由来の蛍光を発していることが示されました。


受光部であるFluorescein は酸性条件下で消光することが知られているため、溶媒のpH を2 から11 まで変え、4AMF-DOTA(Nd) の蛍光強度がどのように変化するかについて検討しました。結果、4AMF-DOTA(Nd) の蛍光スペクトルはpH に大きく依存し、酸性条件下では消光しました。その蛍光強度変化はFluorescein の蛍光強度変化とよく一致しており、4AMF-DOTA(Nd) の蛍光はFluorescein 部の蛍光特性とよく連動していることが示されました。


有機溶媒中での4AMF-DOTA(Nd) の蛍光特性について溶媒としてメタノール、エタノール、DMSO を選択し検討を行いました。その結果、励起波長は溶媒により大きく変化しているのに対し、蛍光波長は溶媒による変化が見られませんでした。
これはランタニド由来の蛍光の特徴であり、870, 900 nm 付近の蛍光はNd 由来であることが裏付けられました。

期待される成果

 本プローブは、機能認識部を付け替えることで、種々の対象分子に応用可能であり汎用性が高い。
また、核医学断層撮像法と比較して、

  1. より安全である
  2. 機能認識部とランタニド錯体の併用によりバックグラウンドを非常に効率的に低減させることができるので、高感度化が図れる
  3. 蛍光分析法の最大の利点である高い時間・空間解像度が得られる

などのことから新規機能分子イメージング法としての利用が期待される。

 
 
 
 
©2006 Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University. All rights reserved.