生命現象は、数多くの有機化合物の反応や平衡によって成り立っています。
病気とは生態の恒常性(ホメオスタシス)に何らかの異常が生じている状態です。 病気の治療に使われる医薬品もほとんどの場合有機化合物であるため、医薬品を創製したり適切に使用したりするためには、有機化学を深く理解しなくてはなりません。当分野では、有機化学を基盤とした創薬へのアプローチとして、以下の研究を推進しています。


1) 生物活性化合物の合成と創薬展開

最近、簡単に合成できる低分子化合物から医薬品を創ることが難しくなっています。その理由の1つは、盛んに行われてきた網羅的化合物合成と高速スクリーニングによって、合成しやすい化合物を用いた創薬研究がやり尽くされつつあることです。当研究室では、こうした現状を打破するための取り組みとして、興味深い生物活性を有し、かつ合成が難しい構造を有する天然有機化合物の合成研究と創薬展開を行っています。最近では、複雑な環構造を有するアルカロイドや大環状ペプチドの合成研究を進めています。

 

2) 複雑な化学構造を一挙に構築するための新反応の開発

興味深い生物活性を持っている化合物であっても、構造が複雑すぎると創薬研究に用いることが困難です。これは、構造活性相関研究において関連化合物を多数合成したり、活性や物性を改善するプロセスに時間や労力がかかりすぎるからです。当研究室では、生物活性化合物に共通して存在する複雑な構造を、一度の反応で効率的に構築する新しい手法の開発を行っています。最近では、原子を無駄遣いしない反応に着目して、金やパラジウムのような遷移金属触媒を用いた最先端の反応開発研究を行っています。さらに、開発した反応の有用性を実証するべく、創薬研究や構造有機研究に応用も精力的に進めております。

 

3) 蛋白質工学・バイオコンジュゲーション化学による抗体医薬品候補の高機能化

抗体医薬品は低分子医薬品と同様に、汎用される創薬モダリティとなりました。その一方で、1)に挙げる低分子化合物の課題と同様に、単純な抗体が医薬品となるような標的は掘りつくされつつあります。当研究室では、蛋白質工学の生化学的アプローチと、コンジュゲート化学の有機化学的アプローチを効率的に組み合わせることで、新しい抗体改変技術の創製研究を進めています。従来、抗体の有機化学的改変はもっぱら抗体薬物複合体(ADC)のように、抗体をドラッグデリバリーに利用するものでしたが、我々は抗体の分子認識機能そのものに介入し、またこれを新たな目的に利用するための技術を開発しています。基盤技術開発を通じて将来の新機序抗体医薬品の創製を目指すとともに、この技術を活かして、産学の抗体創薬支援を実施しています。
本研究は、薬学研究科・バイオ医薬品化学分野と連携して実施しています。

 

4) 化合物ライブラリーの構築とそれらを活用した機能性分子の探索

医薬品の候補化合物となり得る新しい生物活性化合物を探索することは、医薬品開発の重要課題のひとつです。当研究室では、長年にわたりアルカロイドをはじめとする天然有機化合物やペプチドホルモンをはじめとする生体関連分子など、多種多様な有機化合物を化学合成してきました。また、これらを合成するための中間体・前駆体を含めると数万検体に及ぶ化合物のストックを保有しています。こうした市販化合物にない特徴的な化学構造を有する収集化合物群を医薬品開発研究のリソースとして有効活用することを目的として、化合物ライブラリーを構築し、学内外の研究機関との共同研究によりさまざまなスクリーニングを行っています。

 

井貫先生(徳島大学薬学部)との共同研究はこちら