- 教授 掛谷 秀昭
- 准教授 服部 明
- 助教 倉永 健史
研究概要
真核細胞の一生は、1 個の受精卵から始まり様々な増殖・分化・細胞死決定因子による厳密な制御のもとに「生・死・分化」が決定されています。この厳密な調節機構に異常が生じると、がん、心疾患、感染症、神経変性疾患、免疫疾患、糖尿病などをはじめとした様々な多因子疾患につながると考えられています。細胞の「生・死・分化」の調節機構の全貌を解明することは、生命科学にとって究極の課題とも考えられます。そのためのアプローチとして、生理活性小分子・中分子(制御分子)を利用したケミカルバイオロジー的アプローチは、分子遺伝学的アプローチと相補的に、非常に強力かつ有意義なアプローチです。ケミカルバイオロジー的アプローチの成功は、標的蛋白質に作用する生理活性小分子・中分子の開拓に大きく依存しています。このような背景のもと、システムケモセラピー(制御分子学)分野においては、天然物化学(天然物薬学)・メディシナルケミストリー(創薬化学)を機軸として、フォワードケミカルジェネティクスおよびリバースケミカルジェネティクスの双方向からの新規生理活性小分子の開拓研究を行い、それらを利用して細胞の「生・死・分化」の調節機構の解明研究に取組み、独創性の高い先端的ケミカルバイオロジー研究を展開しています。これまでに、我々の研究成果を基盤として、複数の新規生理活性小分子が生化学試薬として市販され、創薬基盤研究に貢献しています。
これまでに、細胞死(アポトーシス)誘導剤として、ETB, MT-21 等の開発に成功しています。ETB およびMT-21 は、糸状菌が生産する新規生理活性物質エポラクタエンをリード化合物として開発されました。現在、MT-21 は細胞レベルでチトクロームC の遊離を誘導するANT(adenine nucleotide translocase) 阻害剤として、ETB は分子シャペロンの1 つであるHsp60 (heatshock protein 60) 阻害剤として広く使用されています。一方、細胞死(アポトーシス)抑制剤として、糸状菌が生産するECH を見出し、結合タンパク質としてDISC(death-inducing signaling complex) 複合体内のprocapspase-8 を同定しました。
近年、生体内の低酸素環境や細胞膜シグナルを標的とした創薬ケミカルバイオロジー研究も展開中です。低酸素誘導因子(HIF; hypoxia-inducible factor) は、低酸素環境におけるがん細胞の生存において中心的な役割を果たしており、がん化学療法の標的として注目されています。我々は、放線菌が生産するverucopeptin をHIF 機能抑制物質として再発見し、絶対立体化学の解析研究、構造活性相関研究、全合成研究、作用機序解析研究を行っています。また、in-house 合成化合物ライブラリー等を活用し、HIF 機能抑制剤のメディシナルケミストリー研究を行っています。
生体膜シグナル制御物質の探索・開発研究においては、放線菌が生産するヘロナミド類や5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines (5aTHQs) 、糸状菌が生産するamphiolを発見しました。ヘロナミド類は飽和炭化水素鎖を持つリン脂質に結合することで抗真菌作用を示すことを明らかにしました。5aTHQs は2 種類の微生物の複合培養によってのみ生産される新規化合物群で、現在、生合成機構および活性発現機構などの詳細を解析中です。新規抗真菌剤amphiolについては、作用機序解析、全合成研究を行っています。
上記以外にも、新規アミノ酸・ペプチド分析法の開発研究、小分子リガンド—受容体の迅速同定システム(5-SOxT プローブ法、 TAL プローブ法, ファージディスプレイ法など)の開発研究、革新的プロドラッグ型クルクミンTBP1901/CMGの開発研究、さらには、天然資源、機能性分子プローブ、有用生合成酵素、がん幹細胞、がん代謝特性、脱ユビキチン化酵素等をキーワードにして、最先端ケミカルバイオロジー研究を展開しています。
以下に、最近の研究テーマを紹介します。
1. 多元的化学療法システムの確立のための先端的ケミカルバイオロジー研究
多因子疾患( がん、感染症、心疾患、糖尿病、神経変性疾患、自己免疫疾患、等)に対する次世代化学療法の開発を志向した先端的ケミカルバイオロジー研究・メディシナルケミストリー(ものづくり研究)を行う。
2. 創薬リード化合物の開拓を志向した新規生理活性物質の天然物化学
幅広い医薬資源(微生物代謝産物, 生薬・薬用植物成分, 機能性食品, 海洋天然物, 合成化合物)を探索源として、多因子疾患の予防・治療薬に関連する特異な活性を有する生理活性小分子・中分子をスクリーニングし、創薬リード化合物の開拓研究等を行う(ものとり研究) 。
3. ケモインフォマティクス、バイオインフォマティクスを活用したシステムケモセラピー研究
パスウェイ解析等を利用し、有機化学を基盤とした小分子リガンド-受容体の迅速同定システム(プラットフォーム)、高感度ラベル化剤(アミノ酸、ペプチドフラグメント、希少天然物等)の開発研究等を行い、システムケモセラピーの基盤研究を行う。
4. 有用物質生産・創薬のための遺伝子工学的創製研究
特異な化学構造、生理活性を示す天然有機化合物の生合成研究を行い、分子プローブおよび二次代謝酵素群を利用してコンビナトリアル生合成研究を行う(バイオものづくり研究) 。
主要論文
- Ozaki, M. et al. Separation of amyloid β fragment peptides with racemised and isomerised aspartic acid residues using an original chiral resolution labeling reagent. Analyst, 148, 1209-1213, 2023. [selected as Hot Articles & Cover Art]
- Ikeda, H. et al. Identification of the polyether ionophore lenoremycin through a new screening strategy targeting cancer stem cells. J. Antibiot. 75, 671-678, 2022. [selected as a highlight article.] [press release]
- Kuranaga, T. et al. Highly sensitive labeling reagents for scarce natural products. ACS Chem. Biol. 15, 2499-2506, 2020. [Press release]
- Sugiyama, R. et al. Chemical interaction of cryptic actinomycete metabolite 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines through aggregate formation. Angew. Chem. Int. Ed. 58, 13486-13491, 2019. [Press release]
- Ozaki, T. et al. Identification of the common biosynthetic gene cluster for both antimicrobial streptoaminals and antifungal 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines. Org. Biomol. Chem. 17, 2370-2378, 2019. [selected as a Hot article]
- Sugiyama, R. et al. Disocovery and total synthesis of streptoaminals, antimicrobial [5,5]-spirohemiaminals from the combined-culture of Streptomyces nigrescens and Tsukamurella pulmonis. Angew. Chem. Int. Ed. 55, 10278, 2016. [Press release]
- Kakeya, H. Natural products-prompted chemical biology: Phenotypic screening and a new platform for target identification. Nat. Prod. Rep. 33, 648, 2016.