生体機能化学分野

  • 教授  二木 史朗
  • 准教授 今西 未来
  • 助教  川口 祥正

生体機能化学分野のホームページhttps://www.scl.kyoto-u.ac.jp/~bfdc/index.html

研究概要

私たちの体は、様々な生体分子の巧妙な相互作用によって成り立っています。私たちの研究室は化学の目からの生体分子の相互作用の理解、細胞機能・遺伝子を制御する生理活性タンパク質の創出、さらには新しい薬物の治療概念の樹立を目指し、分子生物学、細胞生物学、ペプチド・タンパク質化学的手法等を用いて、以下のような研究に取り組んでいます。

抗体・機能性タンパク質の細胞内送達に向けて

近年、医療分野において抗体を含むバイオ医薬品の重要性は非常に大きなものとなっています。私たちの研究室では、抗体や機能性タンパク質を効率的に細胞内に送達する方法の開発に取り組んでいます。親水性の薬物の細胞内送達にはエンドサイトーシスを利用するアプローチが汎用されてきました。しかし、例えば抗体の細胞内送達を考えるとき、エンドソームに内包された薬物をサイトゾルに移行させる効率には一層の改善が必要です。私たちは、細胞膜への傷害性が非常に高いカチオン性の両親媒性ヘリックスペプチドの疎水性アミノ酸を酸性アミノ酸(グルタミン酸)に置換したL17Eペプチドを設計しました。L17Eを培養液に添加することで、抗体(IgG、150 kDa)やDNA組換え酵素Cre(38 kDa)を抗原認識能や酵素活性を保持したまま細胞内に導入出来ることが示されました。また、L17Eにより、エンドサイトーシスによる取り込みが促進されるとともに、エンドサイトーシスの極めて初期の段階で、抗体がサイトゾルに送達されることが示されました。

in vivoへの適用を考えるとき、送達ペプチドと抗体の血中滞留性や体内挙動の違いから、この二者の複合体の形成、あるいはナノ粒子等へのパッケージングが必要と考えられます。これらに向けた試みの一環として抗体のFc領域に結合すると報告されているペプチドとL17Eの3量体とのコンジュゲートFcB(L17E)3と、細胞内移行の可視化のためにAlexa488で修飾した抗体(IgG)を混合したところ、全く予期しなかったことに、二者の混合により液–液相分離が誘起され、生じた液滴が細胞膜と接することで、細胞内に抗体が一気に注入されることが見出されました。

ペプチドを用いた細胞内物質導入法は、医療や薬物治療のみならず、細胞を志向する化学やナノ細胞技術など様々な分野に応用可能であり、関連領域の科学技術の発展に大きなインパクトを与え得る研究と考えられます。克服すべき問題点も多いですが、積極的に研究を進めることにより、新しい細胞内物質導入の概念が生まれることを期待しています。

遺伝子発現を操る人工タンパク質の創製

ヒトゲノムは、約30億ものDNA塩基対から構成されています。私たちは、どのようにゲノムの情報が読み取られ、生命活動につながるのかに興味を持ち、特に、DNAやRNAの塩基配列の並びを精密に認識する核酸結合タンパク質に着目して、その認識様式の解明と人工タンパク質デザインへの展開、さらに人工タンパク質を用いた様々な生命現象の調節に取り組んでいます。一方、生物の発生過程やがん化、体内時計など様々な生命現象において、DNAやRNAの塩基配列のみならずエピゲノム、エピトランスクリプトームと呼ばれる化学修飾が重要であること、また、核酸の高次構造が、遺伝子発現の制御や神経変性疾患などの疾病、ウイルス感染にも関わることが近年明らかになってきています。このような核酸の多様な高次情報が持つ機能を分子レベルで解明することが、生命現象の理解においても次世代医療への応用においても肝要です。

現在、具体的なテーマとして、「RNA配列特異的にエピトランスクリプトームを制御する人工タンパク質の創製と応用」「RNAメチル化調節機構の解明」「核酸高次構造を認識、制御する人工タンパク質の開発」「核酸高次構造の生理的機能の解明」に取り組んでいます。核酸の高次機能を人工的に精密に調節する方法論を確立することで、生命科学研究の発展や、様々な疾病に対するこれまでにない治療法につながれば、と願っています。

主要論文

Cytosolic Antibody Delivery by Lipid-sensitive Endosomolytic Peptide
M. Akishiba, T. Takeuchi, Y. Kawaguchi, K. Sakamoto, H-H Yu, I. Nakase, T. Takatani-Nakase, F. Madani, A. Gräslund, S. Futaki
Nat. Chem., 9 (8), 751–761 (2017)
DOI: 10.1038/NCHEM.2779

Liquid Droplet Formation and Facile Cytosolic Translocation of IgG in the Presence of Attenuated Cationic Amphiphilic Lytic Peptides
T. Iwata, H. Hirose, K. Sakamoto, Y. Hirai, J. V. V. Arafiles, M. Akishiba, M. Imanishi, S. Futaki
Angew. Chem. Int. Ed., 60 (36), 19804–19812 (2021), (Selected as a Very Important Paper (VIP) (top 5%))
DOI: 10.1002/anie.202105527

Recognition of G-quadruplex RNA by a Crucial RNA Methyltransferase Component, METTL14
A.Yoshida, T. Oyoshi, A. Suda, S. Futaki, M. Imanishi
Nucleic Acid Res., 50 (1), 449–457 (2022)
DOI: 10.1093/nar/gkab1211