病因免疫学

  • 教授  伊藤 能永

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研究概要

免疫系の主たる機能は外来の病原体を認識してこれを排除することです。一方で、免疫系は自己組織とも活発に相互作用し、それにより個体の恒常性維持に重要な役割を果たすことが最近分かってきました。当研究室では、自己組織に対する免疫応答機構の生理的な役割と、その破綻に起因する疾患の発症機構を明らかにすることを目標にしています。またそれらの理解に基づいた新しい治療法の開発を目指します。自己免疫疾患と癌はどちらも難治性で、医学的に重要な問題です。私たちはこれらの疾患を自己組織に対する免疫応答機構の不調という統一的な観点から捉え、解決に取り組んでいます。ヒトでの新規治療法開発に結びつけるため、モデルマウスを用いて疾患の詳細な分子メカニズムを明らかにし、それをヒト由来検体で検証するという統合的なアプローチを取っています。

自己免疫疾患の病因T細胞の研究

免疫系は病原体の排除を主な機能とするため、自己と非自己とを厳密に区別する必要があります。この区別(免疫自己寛容)が破綻すると免疫系が自己組織を破壊し、自己免疫疾患を発症します。自己免疫疾患では生命に関わる重篤な内臓病変が生じるため、根治治療法の開発が求められています。自己免疫疾患の病態の中心は、自己構成成分(抗原)を認識したT細胞を起点とした組織破壊であるため、T細胞の抗原特異的な制御が根治治療として有望です。しかし技術的困難により標的自己抗原の同定は進んでいませんでした。我々はこれまでに自己抗原同定法を独自に開発し、代表的な自己免疫疾患である関節リウマチにおける新規自己抗原を報告してきました(Ito et al. Science 2014)。その過程で、複数の自己抗原が病態に関与することが明らかになってきましたが、その全体像は不明で最適な治療標的の特定には至っていません。現在、我々が開発した自己抗原同定法を用いて、疾患に関与する自己抗原の数、種類、病態における重要性の階層構造を包括的に解明することを目標に研究を行っています。特に、どの自己抗原への免疫反応を無効にすれば疾患が起こらないか、という点まで明らかにし、抗原特異的な根治治療法の実現に不可欠な基盤を築くことを目指しています。また本研究により標的自己抗原に共通するユニークな特徴を明らかにできれば、免疫学の基本原理である免疫自己寛容を支える、これまでに知られていない分子機序の解明につながることが期待されます。

免疫系によるがん制御の研究

免疫チェックポイント阻害剤を中心とした免疫療法は、がん治療に革命を起こしました。しかし半数以上の患者さんでは、初めから効果がない、あるいは治療の途中で抵抗性を持つがんが出現してしまいます。

T細胞は、免疫療法で主要な働きを担う免疫細胞で、MHC分子に結合したがん抗原を認識してがん細胞を殺傷します。しかし、こうした特異的な殺傷機構は、T細胞による認識を逃れる性質を獲得したがん細胞の増殖を許し、抵抗性細胞として出現させます。我々は、T細胞によるMHC-I欠損抵抗性がん細胞の殺傷を可能にする分子経路がないか、ゲノムワイドCRISPRスクリーニングを用いて探索しました。その結果、オートファジーとTNFシグナル経路を新規標的として見出しました(Ito et al. Cancer Discovery 2023)。これら経路の阻害により、MHC-I欠損がん細胞がT細胞由来サイトカインに対して感受性化しアポトーシス死することがわかりました。さらにマウスモデルを用いて、TNFシグナル経路とオートファジー双方を薬物あるいは遺伝子操作により阻害することで、MHC-I欠損がん細胞を有するがんをコントロールできることを明らかにしました。

現在がんの転移巣と免疫系との相互作用を詳細に解析することで、転移巣のコントロールに有効な新しい治療標的を明らかにしようとしています。

自己反応性T細胞の生理機能の研究

主要論文
  1. Addressing Tumor Heterogeneity by Sensitizing Resistant Cancer Cells to T cell-Secreted Cytokines.

Ito Y (Corresponding authors), Pan D, Zhang W, Zhang X, Juan TY, Pyrdol JW, Kyrysyuk O, Doench JG, Liu XS, Wucherpfennig KW.

Cancer Discov. 2023 May 4;13(5):1186-1209. doi: 10.1158/2159-8290.CD-22-1125.

  1. Rapid CLIP dissociation from MHC II promotes an unusual antigen presentation pathway in autoimmunity.

Ito Y, Ashenberg O, Pyrdol J, Luoma AM, Rozenblatt-Rosen O, Hofree M, Christian E, Ferrari de Andrade L, Tay RE, Teyton L, Regev A, Dougan SK, Wucherpfennig KW.

J Exp Med. 2018 Oct 1;215(10):2617-2635. doi: 10.1084/jem.20180300. Epub 2018 Sep 5.

  1. Detection of T cell responses to a ubiquitous cellular protein in autoimmune disease.

Ito Y, Hashimoto M, Hirota K, Ohkura N, Morikawa H, Nishikawa H, Tanaka A, Furu M, Ito H, Fujii T, Nomura T, Yamazaki S, Morita A, Vignali DA, Kappler JW, Matsuda S, Mimori T, Sakaguchi N, Sakaguchi S.

Science. 2014 Oct 17;346(6207):363-8. doi: 10.1126/science.1259077.

  1. Gamma/delta T cells are the predominant source of interleukin-17 in affected joints in collagen-induced arthritis, but not in rheumatoid arthritis.

Ito Y, Usui T, Kobayashi S, Iguchi-Hashimoto M, Ito H, Yoshitomi H, Nakamura T, Shimizu M, Kawabata D, Yukawa N, Hashimoto M, Sakaguchi N, Sakaguchi S, Yoshifuji H, Nojima T, Ohmura K, Fujii T, Mimori T.

Arthritis Rheum. 2009 Aug;60(8):2294-303. doi: 10.1002/art.24687.s