精密有機合成化学分野

  • 教授  大宮 寛久
  • 准教授 長尾 一哲
  • 助教  村上 翔

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研究概要

我々の研究室は、新触媒・新反応・新機能を有機化学的な研究手法で創りだし、創薬・生命科学研究の未来を切り拓くことが目標です。最優先課題は、入手容易な炭素資源から高い付加価値をもつ有機分子を最短工程で組み上げていく有機合成プロセスの開発に貢献するとともに、我々が手にできる有機分子の多様性・複雑性を大きく拡大していくことです。

その中でも、2017年以来、着実に研究成果を積み上げてきた「ラジカルが拓く新触媒・新反応・新機能の開拓」をフラッグシッププロジェクトとして掲げ、研究を展開しています。本研究を戦略的かつ系統的に行うことは、有機合成化学における新しい学理や技術の構築に繋がると考えています。具体的には、触媒や反応試薬を独自の手法でデザインし、これらを用いることで、一電子移動を伴うラジカル反応を能動的に制御し、分子変換反応を開発しています。また、ラジカル反応を核酸誘導体の化学修飾に応用することで、創薬・生命科学研究における新たなケミカルスペースの開拓に繋げています。さらに、ラジカルが生じる有機ホウ素化合物を独自にデザインすることで、これまで実現困難であったアセチルコリンのケージド化法を開発し、ケミカルバイオロジー分野に貢献しています。

我々の研究室は、薬学を志す者、今まさに薬学を学ぶ者に、研究を通じてサイエンスの面白さやサイエンスの無限の可能性を伝えていきたいと考えています。

ラジカル反応の制御

金属元素を含まず、有機化合物のみで構成される有機触媒は、環境調和・省資源・省エネルギーを目指す現代社会の要求に応える有機合成触媒技術であり、2021年ノーベル化学賞(不斉有機触媒の開発)の評価によって社会に広く認知された。しかし、従来の有機触媒を用いた反応は、付加型を代表とするイオン反応(2電子移動)が殆どであり、適用できる反応形式が制限されている。

我々は、N-ヘテロ環カルベン(NHC)触媒や有機硫黄光触媒(PC)のような有機触媒を独自の手法でデザインし、これらを用いることで、1電子移動を伴うラジカル反応を能動的に制御することに成功した。本手法を用いて、これまで到達困難とされてきた、複雑かつ嵩高い有機分子の効率的合成に繋げた。たとえば、チアゾール型NHC触媒を用いたラジカル型の炭素-炭素結合形成反応を開発し、アルデヒドと脂肪族カルボン酸誘導体からケトンを合成した。また、製薬企業と共同で、可視光と有機硫黄触媒を組み合わせて用いることで、アルコールとカルボン酸誘導体から炭素-酸素結合形成反応を起こし、エーテルを合成することに成功し、創薬研究の加速に繋げた。

また、我々は、独自に設計した有機ホウ素アート錯体に対して可視光を照射することで、第三級アルキルラジカルやメチルラジカルを含む種々のアルキルラジカルが生じることを見出した。さらに、有機ホウ素アート錯体の光励起を活用することで、多様なラジカル反応の開発に繋げた。

有機ホウ素化合物の新機能開拓

ケージド化合物は、生理活性化合物に光で除去可能なユニット(Photoactivatable Protecting Group = PPG)の連結により一時的に不活化した分子で、まさにカゴ入れられたような状態である。光を照射することで、生理活性化合物が作用する時空間を制御できるため、この技術は細胞機能発現の機構解明に幅広く利用されている。一方で、ケージド化合物を作る際に汎用されるPPGは、その連結に水酸基やカルボキシル基あるいはアミノ基といった官能基が必要となる。つまり分子構造にこれらを持たない生理活性化合物はケージド化できないため、構造に制限があった。

我々は、可視光により炭素–ホウ素結合が切断されて炭素ラジカルが生じる有機ホウ素化合物を活用することで、分子骨格上の炭素を起点としたケージド化法を開発した。炭素は全ての有機化合物に含まれるため、従来の構造制限を取り払うと期待される。 たとえば、これまで実現困難であったアセチルコリンをケージド化する手法に展開し、生細胞条件およびハエの脳を用いたex vivo条件で自在にアセチルコリン濃度を制御することに成功した。

新しい化学修飾核酸の合成

DNAやRNAといった核酸やその誘導体を基本骨格とした核酸医薬品は、従来の低分子医薬品や抗体医薬品とは異なる作用機序で働くため、新たな治療法として注目されている。DNAやRNAは、核酸塩基・糖の環骨格・ホスホジエステル基から構成させるヌクレオチドが鎖状に連なった高分子化合物であるため、その構成成分を化学修飾することは、新しい核酸医薬品の創出に繋がる。特に、天然の核酸内のホスホジエステル基は生体内の酵素により容易に分解されるため、代謝安定性の向上を目的としたホスホジエステル基の化学修飾が精力的に行われている。中でも、ホスホジエステル基の非架橋酸素原子をアルキル基に置換したアルキルホスホン酸ジエステル修飾は、架橋部位の電荷が中性となるため、代謝安定性に加えて負電荷を有するホスホジエステル基にはない物性の付与が期待される。しかし、従来法ではかさの低いアルキル基はリン原子に導入できる一方で、かさ高い第三級アルキル基の導入は困難だった。

我々は、光エネルギーを使用した温和な条件で発生させたカルボカチオン種を活用することで、核酸リン原子の第三級アルキル化反応の開発に成功し、新しい化学修飾核酸を合成した。かさ高い第三級アルキル基が導入された化学修飾核酸の合成を通じて、新たな核酸医薬品の創出に繋がることが期待される。

主要論文
  • Ota, K.; Nagao, K.; Hata, D.; Sugiyama, H.; Segawa, Y.; Tokunoh, R.; Seki, T.; Miyamoto, N.; Sasaki, Y.; Ohmiya, H. Synthesis of Tertiary Alkylphosphonate Oligonucleotides through Light-Driven Radical-Polar Crossover Reactions, Nature Commun. 2023, 14, 6856. DOI: 10.1038/s41467-023-42639-y

  • Goto, Y.; Sano, M.; Sumida, Y.; Ohmiya, H. N-Heterocyclic Carbene- and Organic Photoredox-Catalysed meta-Selective Acylation of Electron-Rich Arenes, Nature Synth. 2023, 2, 1037–1045.  DOI: 10.1038/s44160-023-00378-4

  • Nakamura, R.; Yamazaki, T.; Kondo, Y.; Tsukada, M.; Miyamoto, Y.; Arakawa, N.; Sumida, Y.; Kiya, T.; Arai, S.; Ohmiya, H. Radical Caging Strategy for Cholinergic Optopharmacology, J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 10651–10658. DOI: 10.1021/jacs.3c00801

  • Kodo T.; Nagao K.; Ohmiya H. Organophotoredox-Catalyzed Semipinacol Rearrangement via Radical-Polar Crossover, Nature Commun. 2022, 13, 2684. DOI: 10.1038/s41467-022-30395-4
  • Nakagawa M.; Matsuki Y.; Nagao K.; Ohmiya H. A Triple Photoredox/Cobalt/Brønsted Acid Catalysis Enabling Markovnikov Hydroalkoxylation of Unactivated Alkenes, J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 7953–7959. DOI: 10.1021/jacs.2c00527